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□ろくな女じゃ96
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「蜻蛉さん、大丈夫なんですか…。」

「はは、心配するな間切。あれは多分、痛み止めだろう。」

「痛み止め?」

「目の古傷だ。本人から言いはしないが、この時期は痛むものだからな。気付いていたんだろう。」

「…俺らの時も傷薬って言って、違ったじゃないですか。」

「冗談は使い分ける人だと思うがな、カモメ君は。」



と、まだぶうたれる間切をいなして、空になった荷車に魚を積んでいると、不意に視線を感じた。

何かと思って顔を上げると、そこにはさっきまで船員達に梅酒を配っていてくれていた、カモメ君の友人二人─の内、一人の姿が。



「あ、ありがとうございます。梅酒、配ってもらってしまって。」

「いえ。」

「六年生の方でしたよね。ええと…名前は確か…」

「潮江です。」

「そう、潮江君。潮江文次郎君、ですよね。」



すぐに名前が出てこなかったのは申し訳ないけれど、どれだけの寝不足なのか、酷く隈の濃いその顔は簡単には忘れはしない。彼は忍術学園の六年生、潮江文次郎君だ。カモメ君と来たのは初めてだけれど、前にも何度かこうして魚を取りに来たことがあった筈。


もう一人の彼も同じく、名前を思い出せないが、六年生。彼は潮江君がこちらにやって来たことには気を止めず、船員達と一緒になって梅酒を飲んだり話したりしている。が、陽気に破顔している彼とは対照的に、目の前の潮江君の表情は固い。



「魚積むの、手伝います。」

「え?ああいいですよ!梅酒運んで来て頂いたんですし!運んでもらってこう言うのも何ですけど、潮江君も梅酒飲んできていいですよ。魚なら用意しておきますから。」

「いえ…俺はいいです。」

「そうですか?じゃあ、お願いします。」



折角申し出てくれるのに無碍に断るのも悪いので、間切を船員達の方にやって、代わりに手伝ってもらうことにした。忍術学園の生徒さんは真面目だなあ。

そんなことを考えながら手を動かしていると、また視線を感じてちらりと潮江君を見る。すると今度ははっきりと目が合って、潮江君は少し気まずそうに逸らしてから、決心したような顔でもう一度こちらを見た。…?どうしたと言うんだろう?



「あの、」

「はい?」

「…アイツは、いつから水軍の皆さんと付き合いがあるんですか。」


「アイツ…ああ、カモメ君ですか?」

「…はい。」

「いつからでしたっけねえ〜…もう、結構長いですよ。中学年くらいだったかな…。」

「こうやって、食堂のおばちゃんに頼まれて、ですか。」

「いえ、カモメ君は福富屋さんからの紹介だったんですよ。」

「福富屋って…」

「はい、しんべヱ君のお父上です。とある高価な品の、海から陸への取引の際に、福富屋さんが忍術学園の学園長にお願いして、護衛に付いたのがカモメ君だったんです。」

「…中学年程度なのに、ですか。」

「ええ。カモメ君は優秀ですから。」



とは言え、こんな風に自信満々、自分事のように彼を自慢できるのは、彼が優秀だと思い知った今だからこそだ。

それこそあの頃、彼は若く─いや、幼く、いくら忍者のたまごと言えど、護衛ですと目の前に現れたその時、流石にそこはかとなく疑ったのは言うまでもない。


しかし、容姿は今と殆ど変わらず、背丈だけが小さかったあの頃の彼は、俺達の疑いの目なんてものともせず、笑った。



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