4
□ろくな女じゃ96
1ページ/3ページ
「蜻蛉さん、大丈夫なんですか…。」
「はは、心配するな間切。あれは多分、痛み止めだろう。」
「痛み止め?」
「目の古傷だ。本人から言いはしないが、この時期は痛むものだからな。気付いていたんだろう。」
「…俺らの時も傷薬って言って、違ったじゃないですか。」
「冗談は使い分ける人だと思うがな、カモメ君は。」
と、まだぶうたれる間切をいなして、空になった荷車に魚を積んでいると、不意に視線を感じた。
何かと思って顔を上げると、そこにはさっきまで船員達に梅酒を配っていてくれていた、カモメ君の友人二人─の内、一人の姿が。
「あ、ありがとうございます。梅酒、配ってもらってしまって。」
「いえ。」
「六年生の方でしたよね。ええと…名前は確か…」
「潮江です。」
「そう、潮江君。潮江文次郎君、ですよね。」
すぐに名前が出てこなかったのは申し訳ないけれど、どれだけの寝不足なのか、酷く隈の濃いその顔は簡単には忘れはしない。彼は忍術学園の六年生、潮江文次郎君だ。カモメ君と来たのは初めてだけれど、前にも何度かこうして魚を取りに来たことがあった筈。
もう一人の彼も同じく、名前を思い出せないが、六年生。彼は潮江君がこちらにやって来たことには気を止めず、船員達と一緒になって梅酒を飲んだり話したりしている。が、陽気に破顔している彼とは対照的に、目の前の潮江君の表情は固い。
「魚積むの、手伝います。」
「え?ああいいですよ!梅酒運んで来て頂いたんですし!運んでもらってこう言うのも何ですけど、潮江君も梅酒飲んできていいですよ。魚なら用意しておきますから。」
「いえ…俺はいいです。」
「そうですか?じゃあ、お願いします。」
折角申し出てくれるのに無碍に断るのも悪いので、間切を船員達の方にやって、代わりに手伝ってもらうことにした。忍術学園の生徒さんは真面目だなあ。
そんなことを考えながら手を動かしていると、また視線を感じてちらりと潮江君を見る。すると今度ははっきりと目が合って、潮江君は少し気まずそうに逸らしてから、決心したような顔でもう一度こちらを見た。…?どうしたと言うんだろう?
「あの、」
「はい?」
「…アイツは、いつから水軍の皆さんと付き合いがあるんですか。」
「アイツ…ああ、カモメ君ですか?」
「…はい。」
「いつからでしたっけねえ〜…もう、結構長いですよ。中学年くらいだったかな…。」
「こうやって、食堂のおばちゃんに頼まれて、ですか。」
「いえ、カモメ君は福富屋さんからの紹介だったんですよ。」
「福富屋って…」
「はい、しんべヱ君のお父上です。とある高価な品の、海から陸への取引の際に、福富屋さんが忍術学園の学園長にお願いして、護衛に付いたのがカモメ君だったんです。」
「…中学年程度なのに、ですか。」
「ええ。カモメ君は優秀ですから。」
とは言え、こんな風に自信満々、自分事のように彼を自慢できるのは、彼が優秀だと思い知った今だからこそだ。
それこそあの頃、彼は若く─いや、幼く、いくら忍者のたまごと言えど、護衛ですと目の前に現れたその時、流石にそこはかとなく疑ったのは言うまでもない。
しかし、容姿は今と殆ど変わらず、背丈だけが小さかったあの頃の彼は、俺達の疑いの目なんてものともせず、笑った。