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□ろくな女じゃ101
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「御今晩。」
艶やかな打掛が、仄暗い月明かりを湛える川の流れの中で踊る様な、そんな雰囲気を彼女は纏う。
奇妙な喩えだとは自分でも思うが、それが一番しっくりとくるのだから、仕方がない。
「こんばんは、お久しぶり。わざわざ呼び出しちゃってごめんね。」
「御無沙汰しておりました。珍しく店から文を頂けば、貴方様からまさかの二度の御指名とのこと、柄もなく舞い上がってしまって…ふふ。」
「君はこの店の子じゃなかったんだねえ。この間、覗きに来てみた時に聞いたよ。」
「ええ、あの時分は少しばかり出稼ぎに来ていたもので。雑用だけと思っていたところに、まさか貴方様からお呼びがかかるだなんて思いもよらず。以前に御指名を頂きました時は、御姉様方に邪険にされてしまいましたわ。」
「それは悪いことしたなぁ。でもこんな見た目のおじさん相手なんだから、お姉さん達も選ばれなくてホッとしてたんじゃない?」
「ふふふ…女郎を侮ること無かれ、ですよ。この職の玄人は、真に好い殿方を見抜く才に長けておりますゆえ。」
見目など二の次、三の次。と言いながら、緩やかに酌をする手先は今更ながらに白い。意外だ。
「しかし結局あの晩、貴方様はわたくしを抱いては下さらなかった。残念でしたわ。それなのに、御代金はきっちり頂いてしまって。」
「充分遊ばせてもらったじゃない。一晩中。」
「ふふ、そうですわね…碁盤の上での睦事、霰もなく喘がせて頂きまして。」
「よく言うよねぇ、おじさん、いつ攻め立てられる側に回っちゃうんじゃないかって何度ひやひやしたことか。でも、今日も打ちたいな。いい?」
「それはもう。喜んでお相手させて頂きますわ。」
彼女が碁盤を用意する間、他の部屋から聞こえてくる物音やら矯声やらを耳に、妙に美味しいお酒を流し込む。平和な夜だ。目眩がする程に。
「さて、では今宵も、宜しくお願い致します。」
「こちらこそ、お手柔らかにお願いします。」
「ふふ…今夜は一つ趣向を変えて、賭けでもいたしませんか。」
「賭け。」
「そう、賭け。煩わしいなら結構ですわ。」
「いや、いいよ。何を賭ける?」
「では、私が勝ちました暁には、御褒美に口付けを頂きたく。」
「うん、じゃあそれで。」
「包帯越しは認めませんので予めご了承をば。」
「えー。まあいいか。じゃあ私が勝ったら、そうだなあ、本当の名前を教えてよ。」
「うふ…。」
驚いた様子も無く、彼女は一際にんまりと弧を描く口元に片手を添える。しかし片方の指先はすらりと碁盤に差し出されていた。
ぱちり。
「もう、いつからお気づきになられたのです?」
「ほんの最近。この間、忍術学園に行った時に、くのたまがどうのこうのって話してて、そういえば、ああもしかして、って。」
「うふふ…わたくしも、お噂は兼々。しかし此処で出逢ったは偶然ですわ。まさかこんな所でお会いするなんて。」
「ほんとにねえ。私もふらっと寄っただけたから。授業の一環?」
「そうなりますでしょうか。」
「そっか。」
ぱちり。
「御陰様で、緊張感のある課外授業を送ることができましたわ。感謝しております。」
「たとえたまごでも、くのいちって悟らせなかったんだから優秀だよ。」
「貴方様にそう仰って頂けると、自信がつきますね。」
ぱちり。
「でもね。」
「はい。」
「保健委員会の委員長君いるでしょ。」
「ええ、存じております。」
「彼はね、君の名前を知らなかったよ。容姿も絵にして伝えたけど、少なくとも高学年に心当たりはないって。」
「まあ、それは不思議。」
「不思議だね、女の子の教室は上に上がるほど人数が少ないって聞くのに。五年六年同じ学び舎にいれば、名前くらいは知ってそうだけど。」
「だから、私の本当の名をご所望に?」
「そんなとこかな。」
「ふふ、ふふふふ…。」
「そんなおかしい?ちょっと怖い。」
「正しい感覚ですわ。女の狂気にはお気をつけあそばせ。」
「狂気。」
ぱちり。