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□ろくな女じゃ1
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「みんな聞けーっ!めでたいぞ!今日はっ!!」
「朝っぱらからやかましいわバカタレ!!」
「お前もだ文次郎。」
「どしたの小平太。何か当たった?いいなあ、私なんて今日は朝から塹壕にハマって…ていうかもしかしてあれ小平太掘った!?」
「あーやっぱいさっくんハマったんだね。そんな気がしてたんだー不運委員長だから!」
「気がしてたんならあんなとこに掘るの止めてよ!!」
「あー話戻さないか?で、めでたいがどうしたって?」
と、(生意気にも)食満が仕切り直したところで、小平太は自信満々、胸を張り、ばっと隣に両手を広げ、一際嬉しそうにこう告げる。
「長次に、彼女ができました!!」
その大声と内容に、俺達はおろか、食堂にいる殆ど全員の視線がこちらに集まった。気がした。
長次に彼女?おい、いつの間に。
驚いて今まで黙っていた長次の顔を見つめると、こんな所で、あんな大声で、そんなことをバラされたせいか、俺達と同じく驚いた顔。
一瞬静まった後ざわつく食堂内、小平太だけがいつも通り、無邪気な顔で笑んでいる。
「こ…小平太…そういうことはもう少しコッソリ言ってあげた方が…。」
「え?別に隠すことでもないじゃん!」
「俺は彼女ができても絶対小平太には言わん…」
「それにしても、長次の奴がな。相手は誰だ?くのたまか?」
「……い…」
「んん?」
表情は変わらないものの、いつもより数倍も聞き取り難い声に俺が耳を近づけると、長次は困惑気味に、しかしはっきりとこう言った。
「……彼女なんて、いない。」
その呟きに、えーっ!!とまたまたやかましい小平太の声が上がり、長次が横に身を反らす。
何だ、やっぱり小平太の早とちりか。呆れて、止まっていた箸をまた進め始めると、小平太は尚も食いついて長次に尋ねた。
「だってだって!夜中に逢瀬してたくせに!!あっもしかしてまだそこまでいって…いたっ!!」
「いい加減長次が可哀想だろ、話すならもう少し声潜めろ。」
「いった〜!食満のクセに!覚えてろ!んで?あの子って彼女じゃないの?」
「…ない。」
「え〜っ!!」
「逢瀬ということは、やはり相手はくのたまだな?長次は何を一体誤解されるようなことをしていたんだ?」
ん?と、いつの間にか食事を終えた仙蔵が、意地の悪そうな笑みを湛えて長次に問う。
相変わらず性格の悪い奴だ。まあ長次なら、答えたくなければだんまりを決め込むだろうし、上手くかわすだろう。
「それがさー!ここ毎晩長次の奴、くのたまの誰かと晩酌してたんだよ!しかも二人っきり!屋根の上!部屋まで行ってるわけじゃないからまだいいけど!」
「………。」
ああ、お前が言わなくても、口の軽い代弁者がいたんだよな、長次。同情するぜ。
しかし二人きりで毎晩晩酌か。そりゃ小平太が勘違いするのも分かる気がする。口下手で、はっきり言えばあまり人付き合いの上手い奴ではない長次。それが毎晩、異性と酒を酌み交わすとなれば、それなりの想像が膨らまざるをえない。
…仙蔵じゃねえが、ちょっと興味が出てきたな…。
「でも、長次のこと怖がらない子も珍しいね。私達が知ってる子?」
「…いや…。」
「後輩か?」
「…いや…。」
「じゃ、同期か。」
「………。」
「お前ら、いい加減嫌がってんじゃねえか。止めてやれよ。」
恐らくはさっきの俺と同じく、同情よりも好奇心が勝ってきた伊作達に、質問攻めを食らって押し黙る長次をかばって飯を進める。
そりゃ俺だって気にならなくもねえが、それにしてもここは場所が悪いだろ。
そう思いながら最後の味噌汁を飲み干すと、困ったような長次の顔が目に入る。ん?
「あー…ごめんね、長次。気になっちゃって思わず…。」
「いや…いいんだ…今のはただ…」
「ただ?」
「……学年も、名前も、知らないだけなんだ。」
おい。
思わず長次以外全員の声がハモる。
毎晩会ってるくせに、学年も名前も知らないってお前、なんだそりゃ。