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□ろくな女じゃ31
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血腥くて、凄惨で、とても悲しい朝だった。








「……ジュンコ…見ちゃ駄目だ。」





呟いた先、鶏小屋、中は赤にまみれて乱れていた。

恐らくは猫だろう。首のない鶏の体、固まった血、怯えて縮こまったままの数羽の生き残り達。見れば空気窓が開いている。昨夜の強い風で開いてしまったんだ。こんなの、あんまりだ。

震える自身の声に、ジュンコが首で体を捩る。ああ、竹谷先輩に知らせなきゃ。下級生が来る前に、この有様を何とかしなきゃ。思うのに体が動かないよ。瞬きすらできない。反らさない、反らせない。昨日までは当然のように元気だった、あの、首のない体を、見つめたまま。









「猫か。」

「、…!」






声がした。後ろからだ。

一瞬竹谷先輩かと思って振り返ったけれど、居たのは見知らぬ年上のくのたまだった。頭巾をしていない癖のある赤髪が、小屋の中の赤と混ざって不快に感じる。赤毛が特別嫌いなわけではないけれど、今は嫌で、凄く凄く嫌で、思わず顔をしかめた。




「空気窓が壊れたか。昨日は風が強かったから。」

「……ここに、何か用ですか。」

「おばちゃんに頼まれて玉子を頂きに来たんだがね、この様子では無理のようだなあ。」

「…はい。」



淡々と無表情で話すくのたま、しかめっ面で無愛想な自分。端から見たら仲の悪い二人のように見えるだろうが、相手は特に僕に何の感情も持っていないだけらしい。僕はというとその赤毛が嫌だったし、世話をしていたわけでもないのに小屋に近づき、中の様子を見る彼女が、早くいなくなればいいのにと思っていた。仮にも年上のようだし、とても言えないけれど。

仕方がないので黙って視線で不快感を表していると、玉子入れにでもしようとしていたのか、彼女はさっきまで頭にしていただろう頭巾を片手に握ったまま、何の躊躇いもなく小屋に入る。

あ、と咎める隙もなく、真っ直ぐ首のなくなった鶏の体の前に向かったその人は、また不意にしゃがみ込んみ、空いた片手でその羽を撫でた。




あ、








「怖かったろうなあ。土に寝床を作るから、安心して往生際なさい。」







血腥い小屋の中、彼女は首の無い鶏に語りかけ、血にまみれた白い羽を撫でる。何度も撫でる。

ひとしきり撫で終えた後、桃色の頭巾が鶏の体をしっかりと覆った。そのままそれを腕に抱いて立ち上がり、振り返った彼女は、僕を見て初めて少し笑う。




「泣かんでもいい。優しい子だ。」

「……ち、が…」

「生物委員会はみなよく面倒を見てらっしゃる。並々ならぬ愛情があったとは思うが、いつまでも悲しんでいたら、この子も往生できないぞ。」

「ちが、…う…っ…」

「うん?」

「僕、は……っ」





僕は、僕は触れなかった、触れられなかった。躊躇った、近づけなかった。

冷たくなった生き物の死を僕は知っている。ジュンコ達の餌となる小動物達の血を、僕は知っている。

なのに躊躇った。悲しんで駆けつけて、真っ先に抱いてやることができなかった。怖くて足が竦んだ。昨日まで生きていたものが、まるで物のように熱を失い固まった体。それが怖くて、嫌だった。




本当に、本当に生き物が好きなら、愛情があったなら、躊躇ったりはしない筈なのに。




この人、みたいに。








「っ…僕、は……っ…」

「なあ、君。この子は死んでいるんだよ。」



死という言葉を他人に言われて、益々涙が溢れて止まらない。理由も言わず流す涙に、彼女は恐らく死んだ鶏の為に流す涙だと思っているだろう。

でも本当は、この涙は一体何の涙なんだ?悲しい?寂しい?怖い?悔しい?あの鶏の為?それとも、自分、の、






「君が何故泣いているか、私には分からんがね、」

「…っ…、」

「死して触れられ、慈しまれることに、大した意味はないと、私は思うよ。」

「、」

「短くとも確かに生きた、その時間に、」

「……」


「幸福を共にした者が、誰よりもこの子を愛した者だ。」







だから胸を張りなさい。




そう言う彼女の赤い毛が、今度は不快に感じなかった。

目を見開いて止まる時間、涙が乾き、風に溶けていく。



この人、は、





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