蒼き夢、銀の記憶

□序章
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 所々岩が突き出た荒野。砂混じりの風は、深々と被るマントをも脅かし、素肌に突き刺さる。
 その中を一人、馬を走らせる若者がいた。土色のマントを羽織り手綱を握る様は、一陣の風の如くただ真っ直ぐに突き進んでいる。土埃が舞い、規則正しい蹄の音が風音に混じり遠くから近くへ、また遠ざかっていった。

 切り立つ岩壁の麓に馬を止めた若者は、馬から身軽に降りると手綱を突き出した細い岩に括り付けた。そこから数歩歩いた所に、窪みが見える。若者はその窪みを目指して歩き始める。
「ロウ、戻ったぞ」
 窪みの入り口は、若者の背丈の二倍程ある。奥に進むと、若者は中で自分の帰りを待つ人の名を呼んだ。かさり、と物が動く音に、それまで緊張した面持ちでいた若者の顔に僅かな笑みが浮かぶ。
 歩きながら、若者は頭から被っていたマントを外した。仄かに浮かぶ光の中で、肩先まで伸びた銀髪が揺れる。
「お帰りなさい」
 応えたのは、若者が呼んだ男である。白髪の混じる髪と顎髭。歳は五十を半ば程過ぎた頃だろうか。だが、男の顔に深く刻み込まれる皺は、彼の年齢以上のものを感じさせる。
 歩み寄る若者に、男は臥せていた身体を起こし若者を迎え入れる。節々から軋む音が聞こえるかのような固い動きは、かつての機敏さは窺えない。
 若者は、眉を顰める。父親の片腕として国随一の腕を誇る剣士であった男は、苛酷とも言える長き放浪の旅の末身体を蝕まれていた。

「ロウ、そのままでいい。今、食事の支度をする。今日は良い肉が手に入った。それにお前が好きな酒もだ。ただ、嗜む程度だぞ。お前が酔うと、手に負えなくなるから」
 若者は笑顔を作り、普段の倍の速度で言葉を放つ。男は、ただ微笑んでいた。懐かしむような目を若者に向けて。

 白い花の里、と呼ばれるエンジュが、大国に滅ぼされてから三年の年が経過していた。花祭で浮かれる城下が、黒い獅子の紋章を付ける兵士に焼き払われる中、王の護衛隊長であったロウは王家の中でただ一人残された王子であるユリウスを連れ戦火を逃れた。
 その時、ユリウスは齢十五。子供から大人に変わる、輝く時を送る少年でいた。突然みわまれた不幸に茫然自失己のユリウスでいたが、深い悲しみはやがて家族や国を滅ぼした大国を憎悪する心に変化していた。

『仇を討ちたい。もっと強くなりたい』
 ロウは、ユリウスの希望に沿うよう、放浪の旅の中でユリウスを鍛え上げてきた。お互い、家族を失い孤独に苛まれる所を励まし、時には叱咤した。
 少年は十八の若者に育ち、背も顔付きも大人びてきた。その顔に自分が心底仕えてきた王の面影を見るようになり、ロウは己の役目が尽きたのだと悟る。病に蝕まれた身体は、あとひと月も持たないだろう。
 その晩、若者はロウから長い話を聞かされた。今は無い故郷の事、ロウと過ごした王宮の事、自分と幼馴染であるロウの一人娘の事。若者は淡々と語るロウを、黙って見つめていた。
 最後に、ロウは若者に別れを告げた。
「行きなさい、ユリウス殿。貴方の歩むべき道を。私が連れ添うのは、ここまでです」
 

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