夢主コラボ

□優しいあの子
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東ちゃんって、凄いなぁ。

ユキちゃんを京都観光に連れて、一つのカフェでうちがエスプレッソを飲んでると、彼女は不意にそう呟いた。

「いつもはびくびくしてるけど、戦う時はすっごい強いもん。私なんてすぐに逃げちゃうし」

ユキちゃんは覇気の無い微笑みで、ラムネの中に有る氷をストローでからからと音を鳴らす。

その、尊敬されるのは誰だって悪い気はせん。

でも

「うちもそこまで立派おへんよ?」

かちゃ、と幼稚な金属音と共にティースプーンを置いて、そんなちゃちな敬遠を差し出して、ユキちゃんをじっと見据える。彼女の赤みがかかった光彩が一瞬だけ揺れたけど、すぐにそれはうちを映し出した。


「ふぇ?何で、何でぇ?」

ユキちゃん特有の、間延びした可愛らしい声がうちに問い掛ける。

「うちはあんたより二歳年上。たかが二年、物事をユキちゃんよりぎょうさん経験してるだけよ?」

うちか苦笑混じりに指を二本突き立てると、彼女は頭を横に振って、否定の意を表した。

「うぅ〜。そうじゃない。そう言うことじゃないよ〜っ。…………―――」

困ったように首を振る彼女。何だか躊躇ってるような気がする。どうしたんやろう?

「…私、臆病者だから、試合の時も、すぐに放棄しちゃうし、…でもぉっ、私も何だか、モヤモヤしちゃうんだけどね、だけどねぇっ―」

必死に言葉を探しては、うちにちびっとでも伝えようと、搾り出すような声を出す。
何となくやけども、ユキちゃんは後悔したような声や。

ほんで、次の彼女の言葉でうちの予想は当たり、その内容に感心もした。

「……怖い、って思ってるのは、勿論私なんだけど、相手の人は、戦えない、から、もっと嫌な思いをしてる、って、知っちゃった、からぁっ。ふ、ふえぇっ。でも、でもっ、東ちゃんは、恐がりながらも、…ひっく、ちゃんと相手と戦ってて…っ。わ、私、それで自分が、情けなく…」

次第に俯き、音量も小さくなっていく。
耐え切れんと円のような目をぎゅう、と瞑ると、ユキちゃんの瞳に溜まっとった涙がボロボロとこぼれ落ちた。小さな肩がふるふると震える。

「ひゅわわわわっ!
ちょっ、ユキちゃん!?」

幸いにも、席は人目に付きにくい場所。そやけども声を上げもって泣かれちゃあ困る。


―この子には、二つの人格がある―


たしか、父さんがそないなことを言うとったのをふと思い出した。

一つの躯に、二人がいるってどんな感じなんやろう。もし、彼女の人格がここで切り替わったら…。
一般人には理解出来ない苦しみに、ぞっとした。

それでも彼女は他人の痛みを知ってるなんて。うちより年下なのに、この子は、強い。

「…ええ子やなぁ、ユキちゃん」

透き通った涙が、彼女の桃色をした頬を滑る。小さな子供みたいに、手で涙を拭うその仕草が可愛く、失礼承知で顔が思わず綻んでしもた。

と言うても、このまんまの放置はまずい。ハンカチを取り出すと、ユキちゃんに渡す。

「……うちも、良く逃げとった」

きっと、ユキちゃんはこの事を話したくなかったかもしれへん。
それをうちに話してくれたんや。
…ちょい優越感かもしれまへんな。

そないな私情はともかく、うちがさいぜん呟いた事に彼女は信じられへんと言わんあほりに泣き腫らした目を見開いた。

「そないな顔しなくてもええやん。
いつ頃やったかなぁ、地球で初めての公開スパーリングでうちも怖くて逃げたんだよなぁ」
「……」
「こっそり抜け出して、バイクでとりあえず遠くに行って、助かったって思ったら、ほんで誰が出てきたと思う?」
「???」
「やっぱり分からいでしょ?ジェイドがうちの前に飛び出してきて、行き成りベル赤や」
「えっ、えぇぇ」

冗談ぽく言うてみても、彼女はうちの話を信じていてくれる。そのふわふわとした性格が、たまらなくうちの心をくすぐる。

「勿論うちも死にたくない。そやから、応戦した、と言うても避けただけなんやけどもな。ほんでもあいつは構わずうちに技を仕掛けてくる。思わずうちも戦闘態勢になって、小一時間戦ったんだよなぁ」

我もって懐かしい話をしてるなぁ。もうユキちゃんの瞳からは涙が零れることは無く、じっとうちの話を聞いていてくれる。


「それでお互いくったくたになると、うちにこう言ったんや」

“自信を持ってください。あの突然の状況でもオレと互角に戦えたんですよ。東先輩の実力は、俺が一番理解しているつもりです”

ユキちゃんにはまだ言わなかったけど、あいつの真っ直ぐで、芯まで見抜いたような翡翠色の瞳はまだうちの脳裏にいきいきとした表情で鮮明に残ってる。
…まぁ、忘れられない、とも言うけどなー。


「ってな」

「―まぁ、随分と長ったらしい話になっちゃったけど、うちが言いたいのは」

何やらぽーっとした表情でいる彼女の朧気な瞳をそっと覗きこんだ。

「自分をみとめてくれる人が居るだけで、意外と結構強くなれるんやでってこと」

と…とりあえずうちなりにまとめてみたんやけども、ユキちゃんは未だにぽーっと惚けとるような表情。何だか、頬の赤みだけが取れてへん。大丈夫かな、おい。

「わ、分かんなかった、かな?」
「ふぇ…?あ、ううん。ありがとうっ。東ちゃんの話聞いたら何となく自身が湧いてきたよ〜」
「あははっ。おおきに。お世辞でも嬉しいよ」

そんなことないよぅっ、とぷぅっと頬を膨らますユキちゃん。こんな愛らしい仕草をする少女が、うち達と同じ超人とは思えへん。


「ねぇ、東ちゃん」
「?何?」

「東ちゃんとジェイドって、そーゆー仲なのぉ?」

…………。

そう言う仲って、どう言う仲どすか?一瞬だけ、全身の筋肉が硬直したような感じがした。
ユキちゃんはそないなことはまるっきし知れへんと言わんばかりの表情で伸びをした。
「ありがとぉ、東ちゃん。お金は私が払っとくねぇっ。それと、お幸せにぃ〜っ」

ほんで何事も無かったかみたいに、何時ものふわふわとした笑顔と共に手を振りもって鈴の音と共に喫茶店から出て行った。

「〜〜〜っ!!!」

ユキちゃんが出て行った瞬間、うちは急いで手を頬に当てた。

「…熱い。って言うか、何で知ってるん?あの子…」



優しいあの子

(ちょい、あの子を甘く見とったかもしれへん…!)
(良いなぁ〜。私もキッドと…。はうぅ〜!)


END
 

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