夢主コラボ

□可愛いから突き放せないんです
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人気の無い、休日の診察室で熱々の珈琲を啜っていると、森閑としたこの白い空間には些かそぐわない声と姿が飛び出てきた。

そのあまりの騒々しさに部屋に居た彼女はあと少しでカップを落としてしまうところだった。何事だ、と驚愕しきったような、やや青褪めた顔でドアの方から己の方へと視線を移動させる。そしてその終着点は

「……どないしたんどす?」
「あ、あのね、あのね〜っ」

不安げに眉を下げた、同期の少女、ユキであった。

「あ、あんな? せめて部屋ノックし――」
「東ちゃんとトレーニング、したいの……!」
「ひゅい?」

窘める言葉をかけるも、ユキは気にせず、縋るような透き通った声で東の言葉を挟む。そして彼女の唐突な言葉に、内心またか、と思いつつも間抜けな声を出してしまう彼女が居た。
じっと、赤く赤く潤んだ虹彩が東を捕らえる。そのユキにとって必死であろう事柄は、東にとっては大して一大事でもない。
しかし、よしみと言うのだろうか、どうしても最終的には絆されてしまうのだ。

「ちょ、ちょい、ちょい……ほんまにどないしはったん? トレーニングって……一個人のレベルに合わせるモンやし、行き成りは、なぁ……」
「う、うぅ……」

とは言うものの、心中で思っていることをそのまま口に出す訳にもいかず、ゆっくりと、少しずつ言葉を選んでは出す東。それを見て、彼女の言いたいことが分かったのか更に小さくなったように見えるユキ。

「そ、そないにしょげんといて! そやけども、何で行き成りトレーニングしたい言うん?」
「う、え、えっとね……」

いつの間にか白衣をぎゅうと握っているユキを見て、何故だかこちらが申し訳なくなってしまう。そっと譲歩するように彼女の大きな目を見て話してやると、俄かに頬を赤く染めてもごもごと口篭り始めた。そして誰もいないこの部屋をちろちろと見回し、意を決したかのように東の両目を見据えそっと囁いた。

「少し……太ったの」
「……はぁ……」

様子を伺い、こちらを見る。東は呆れたような、間の抜けたような息を漏らす。
そう言えば、この前グラビアがどうとか聞いた気がする、とそんなことをボンヤリと思いながら。

「それ、多分幸せ太りやと思います」
「……?」

そうと言ってもこのままにして行き成り訓練に付き合わせてしまうのも、後からキッドが口やかましく何か言うだろう。
背に腹は代えられぬ、東は困ったように笑うと諭すように静かにそう言った。

「最近、何やええ事あったんやろ? 多分、そのお陰や。悪い事やおまへん。安心しい」

そこまで言うと、行き成りパッと目をキラキラと輝かすユキ。その身代わりの早さに東は少々身を引き、この後に起こることを想像した。

「……うん! この前ね、写真集に載ってね、キッドに褒められたんだよ〜っ」
「へ、へー、そうなん……」

さぁ、と脇の辺りから冷たい汗が流れた。それと動じに口の周りの筋肉も引き攣った。

「それでね、チェックとクレープとか食べてね、キッドが私の事ぎゅーってしてくれて……はううぅ〜!」
「――っ」

わぁ、東は心の中でわざとらしく驚いてみせた。ユキはそんなの知ったこっちゃ無いと言わんばかりに、キッドが云々――と惚気話をぺらぺらと話してくる。

この似た者カップルが!と胸中で叫んでみる。再従弟も事ある度に、目の前の愛らしい少女に惚気を起こす。被害者は大概東かセイウチン。

「……」

あれ? これはトレーニングとかの話はなくなった感じ? と白衣を掴んで猫のように身を摺り寄せるユキを、仕方無しに撫でてやりながら東は真っ白な天を仰いだのであった。

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