DYD

□もう頼らないよ、ソムヌス
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「ライナ?」


「うん?」


「・・・どうしたんだ、お前が眠らないなんて。」







しとしとと静かに雨が降る午後だった。ライナが無理矢理半休をぶん取って、こうして二人でいる時間を作った。

少し肌寒いが、部屋にいればたいしたことはない。ライナはいつも通りのゆったりしたローブ姿で、フェリスはふんわりとした女の子らしいスカートに、凝ったデザインの半袖のシャツ。肩から薄いストールを掛けている。

こんな格好はフェリスはなかなか慣れないが、ライナがそう望むので仕方ない。
町に出て、フェリスの買い物に付き合う度にこのようなフェミニンな格好を勧めるので、どうしてもそういう服が多くなる。
ライナは未だ自分の嗜好も、その嗜好がフェリスをそうさせていることにも気付いていないが。(今日など、なんだか最近スカート多くね?などと言われたが、適当に返しておいた。)

そのスカートの上にライナの頭がある。フェリスはソファーに腰を下ろし、ライナはその膝から、腰までを抱えるように腕を伸ばしてフェリスを拘束し、柔らかな太ももに顔を埋めて寝そべっていた。


この状況でライナが眠らないなんて!

何かあったのかと訝しみたくもなる。


「俺だって、眠ってるだけじゃないんだぞ。」

「いつも眠っているじゃないか。」

「ひどっ!最近はそんな事ないだろー。」


・・・言われてみれば、そうかもしれない。仕事中でも、プライベートでも、眠い、と喚くことがなくなった気がする。

「・・・体調でも、」

「悪くねぇし!」

むしろ最近はとてもいい、と返してくる。
もぞもぞと緩慢に体を反転させて、顔が見えるように仰向けになった。


「眠くないんだ。最近は、眠くならない。」


やはり、どこか悪いのだろうか。ただえさえ最近は仕事が立て込んでいて、夜の睡眠時間も短くなっているというのに。昨日だって、話しながら落ちてしまったのだ。

話しながら落ちた、の詳細を思い出してしまって、自分の動悸がかすかに速まったのが分かった。ばれて、しまうだろうか。


「俺にとって眠るっていうのはさ、きっと逃げる事だったんだよなぁ。苦しいことも、辛いことも、泣きたいことも、痛いことも、淋しいことも、眠ってしまえば考えなくてすむから。いろんな事から目を逸らすための手段だったんだって、今ならわかるよ。」


穏やかに細められた漆黒の瞳がまっすぐに私を見つめている。
何となく、私にも分かる気がした。私だって、最近やっと、認める事が出来たのだ。かつての私は、辛いこと、苦しいこと、痛いこと、泣きたいこと、淋しいこと、いろんなことから逃げたのだ。感情なんか無いふりをして。表情を失ったことからすら逃げたのだ。

そのことを認められたのは、


「お前がいてくれてるって、わかったから、認められたんだ。逃げてばっかりの俺も、弱虫な俺も、お前はちゃんと見てくれてるって、わかったから。こんな情けない俺のことも、俺と一緒に見つめていてくれているから俺は、あの頃の自分にもう、怖くないよって、言ってあげられるんだなぁ。」


ああ、何と言うことだろう!同じ事を考えているなんて!
お前がいてくれるから。お前が、無くしたはずの私の感情まで一緒に探してくれたから。私の表情が動くのを、私よりも先に気付いて、そして、急かしもせず、焦りもせず、ただ真っすぐに見つめ、待っていてくれたから。

お前に望まれているとわかって、私の存在が許されているのがわかって、やっと私は幼い私に、もう頑張らなくてもいいんだって言ってあげられたのだ。


「だから最近は、眠くないんだ。一人じゃないから。辛いときはお前がいてくれるから、もう、一人で逃げたりしなくていいから。最近は、お前といると眠るのがもったいないって、思ったりするよ。」


その瞳と同じ、漆黒の髪に指を差し入れてゆるりと梳いた。きっとこいつは、私が今泣きそうな事に気付いている。私よりも私の感情に聡いのだから。

腰を屈めてライナのまぶたにキスをした。その時に雫が一粒零れ、顔をあげたらちょうどライナの目元に落ちた。


二人で泣いているみたいだった。





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ソムヌス(somnus)ローマ神話の眠りの神。ギリシア神話のヒュプノスと同一視される。



二人して泣き笑い。

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