OP

□きみと生きる理由を無くしても
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「つらくねぇのか、そんなんで」

唐突な問いに首を傾げた。洗い物の手を止める事なくされた発言だった。何をいいたいのかさっぱり分からない。まあ、こいつが阿呆なのは今に始まったことではないので、辛口の米酒を煽ってなにが、と短く返して説明を求めた。

「ばかみてぇに引きずる事だ。一生そんなんでいるつもりか?」

ああ、昼間の、と返して空よりもあおいと思った瞳の色を思い出した。


調度出港するときだった。ログは溜まっていたが、酷い嵐で足止めをしばらく食らっていてようやくの出港だった。

一人、女を助けた。泥がはねたと因縁をつけられていて、そのまま引きずられそうになっていた所をチョッパーが割って入った。
そのまま傍観していたが、強引な手に出ようとしたので、もうやめとけ、とちょっと諌めた。(チョッパーは街中での変形は控えている。一般人には刺激が強すぎる。)

諌めたのはチョッパーに手を出そうとしたからだ。
変形できれば問題なかったが、あいにく小さないつもの姿だった。
食らうようなへまはしないだろうが、聞く耳を持たなくなったやつらに言葉ではもう効か無いだろうから。

それからやたら懐かれ、いつの間にやら船にも入り浸るようになり、戯れに船に乗りたい、とまで言い出す始末だった。
そうして、出港間際に言われたのだ。ゾロが好きだ、と。

俺はその思いには応えられなかった。どうしたって無理だった。
だから済まない、と答えたのだ。俺にしたらありえないぐらいに優しくありがとう、とまで言ってやった。

それでもそいつは理由が聞きたいといった。まだよく知らないとか、出会って間もない、とか言う理由なら引き下がらないと。

ああ、こいつも真剣なんだな、とそのあおい目を見ていたら気づいてしまった。俺が一生かけて想うのと同じように、この一瞬もこいつにとっては一生に一度の心なのだと。

「俺の中には絶対の奴がいる。そいつは俺が海に出た理由で、俺が剣を振るう理由で、俺が生きる理由で、俺が死ねないと思う理由で、俺が死にたいと思う理由だ。俺はそういうふうにできてる。」

この船の人間か、と聞かれた。たった一言、死んだ、と返した。

そのあとすぐに俺は逃げ出すみたいに船室に引っ込んでしまったから、そのあとどうなったのかは分からないが、しばらくして船は出港したのであの女は諦めたのだろう。



「引きずってなんかいねぇ。昼間も言ったが、そうできてるだけだ。」

「そういうのを引きずってるっていうんだ。生きる理由も死ぬ理由も他者に預けてるっていうのはそういうことだろう。お前は依存してんだ。その子に。」

どう返したらいいか分からなかった。そんなことは言われるまでも無く知っていたからだ。


あいつが死んだことは分かっているのに受け入れられないでいる。
自分で死んだといったくせに傷ついている。
生きる理由を貰っていながら何故死なせてくれないんだと責めているのだ。



あいつの想いまで大事に抱えて生きていこうと決めたのは俺なのに、今だに死という優しい世界に憧れている。そこにくいなはいないのに。


「・・・俺、は、」

その時、ドスンとテーブルまで割れそうな強い音がして、目の前に飲みかけの酒瓶がたたき付けられた。
その向こうには金髪の煙草野郎が見たこともない顔をしてこちらを睨んでいて。

「なにやってんだよ、お前。お前はそんなんじゃねえだろうが。なにばか正直に俺の質問に答えようとしてんだよ。いつもみたいに怒れよ。キレればいいだろう。喧嘩吹っ掛けて怒鳴り散らせばいいじゃねえか。」

声色がだんだんと怒り一色から悲しみが微かに混じって行くのを聞きながら、痛みを堪えるようなその表情を見つめた。

もしかして、気遣って、くれていたのだろうか。わざとこんな話題を出し、気鬱ぎみなおれを復調させるために、わざと酷い言い方をして。

「気が散るんだよ!辛気臭い顔しやがって!チョッパーの声にも気付かねぇ!ナミさんの問いにも答えねぇ!ルフィがどれだけお前を呼んだと思ってる!それで隠してるつもりか!!」


そこで、愕然とした。今、こいつは何と言った。人の気配どころか声にも気付けていなかったというのか。

サンジに指摘されて、ようやくキッチンの外に皆の気配が揃っているのに気付いた。

そう。気付かれていた。俺が自分の言葉で傷ついていることを、クルーは皆気付いていたのだ。


「ゾロー!ばかー!うえーん!」
バタリと今にも壊れそうな酷い音がしてチョッパーが走り込んできた。
その後ろから、「あ、こら!」やら「戻れ!ばか!」といった他のやつらの声もしながら、結局皆がなだれ込んできて。

「頼ってよ!何で一人で苦しんでるんだよ!俺達仲間だろー!」

涙と鼻水でぐしゃぐしゃにした顔で叫んでチョッパーは足元に抱き着き、

「アホー!ばかー!まりもー!」

などと不名誉で余計な事まで叫びながらルフィは背中からぶら下がる(顔は例の如く残念な状態だった)。

結局隠せていなかったわけだ。俺が痛がっているのも、泣きたいくらいに悲しい事も。

「はっ。何だよ、お前ら。それで慰めてるつもりなんかよ。」

言葉は酷いのに、俺の顔は緩んでいる。もう、うれしいのか、泣きたいのか分からなかった。分かっているのは、虚勢は張るだけもう無駄になったことだった。


「もう、いいじゃない。無理しなくたって。私達の前でまで強がんなくたって。あんたがどんなんになったって、ここには幻滅するやつも、見捨てるやつもいないわよ。」

「言ってくれよ、ゾロ。痛いことも、悲しい事も、嬉しかったことも、幸せだった事も。お前だけだよ、何にも言ってくれないのは。・・・だからって俺達がお前に何か出来るってわけでもなけどさぁ・・・。お節介かも知れないけど、欝陶しいかもしれないけどでも、でもな、」

一生懸命にナミが、ルフィが俺に話してくれる。

きっと俺は怖かったのだ。亡くした恋を暖めつづける事を否定されるのが。
だから虚勢を張って、親友だと言い張って、生きる理由も、剣を握る理由も自分のものだと言い張って。



俺が与えられたこの世界は、かつて俺が持っていた世界同様にこんなに優しかった事に、どうしてもっと早く気づかなかったんだろう。



「話したい事が、あるんだ。きっとつまらなくて、ありきたりで、俺のエゴや叶うことの無い希望に溢れた話だけれど、それでも」


「あったりまえだろ!!聞くよ!聞かせてくれよ!ゾロが見てきたこと、ゾロが感じたこと、ゾロが信じて、そして愛したその女と、そのやさしい世界の話を!」



ああ、こいつらとなら、見つけられるだろうか。いつか、本当に願いが叶って、俺が世界一になったと同時に無くす、くいながいない世界で生きるための理由を。


くいな。やっと、お前のいない世界も優しく見えたよ。
 

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