OP

□エセルに託した、
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「ねえ、ゾロ。文通しようよ。」

「・・・はぁ?」

なんだってこんな突飛な事言われるんだ。顔なんか毎日飽きるほど見てるっていうのに。








要約すれば簡単な事だった。昨日見た本の主人公が、離れて暮らす恋人に手紙を送るのがいたく感動したらしい。

だからってなんでそれを真似なくてはならないんだ。第一俺達は恋人ではないし離れてなんかもいない。顔みりゃ話せることをなんでわざわざ紙に書かないといけないんだ。

散々抗議したが結局押し切られる形で文具屋へ向かうことになり、半ば引きずられるように歩き出した。


「ね、ね、これも買お?」

そういって差し出したのは、ロバのチャームがついた紐だ。たれ目の、ばかにしたような顔がこちらを見ている。貰った手紙を束ねるのに使うらしい。

まだ子供な俺達には、そんなに予算があるわけでもなくて、紙のくせに結構高い、と言いながら一番質素なただ白いだけの封筒を手にとっていたところだった。

「・・・なんでロバなんだ。」

もっとなんかあるだろう。他に花のモチーフや、宝石を象った物もある。俺としてはそれらよりマシだったが、一番最初にくいなが選ぶにはその選択はいささか不自然だった。

「だって今日はロバの日だし。誕生花とかだとあんた覚えられないでしょ。」

・・・訂正。いかにもくいならしい俺をばかにした選択だった。

「つか、今日の日付を覚えることになんか意味が」

「じゃああたしは白で、ゾロは緑ね!」


・・・聞けよ、人の話を。







意外と文通は続いた。ただ書くことは取り留めも無い事ばかりで、会って話したって良いことだったけど、わざわざ話すことでも無いような小さな事だ。けれども手紙に書くことを探すためによく周りを見るようになって、今まで気づかなかった事を知るようになった。


それは例えば、膨らんだつぼみが開くまでの速度だったり、雨に匂いがあることだったり、太陽が時間によって色を変える事だったりしたし、隣の家の老夫婦が決まって庭に出てくる時間とか、野良猫の巡回経路とか、村はずれに住むきこりのおっちゃんの鼻唄は意外と上手い、とか。

何でもないことだ。本当に。

けれどもそのおかげで俺は、時間と共に変化していくものがあることを知ったし、そして時間を経ても変化しないものもあることを知った。






もう10年近く書き続けている。この手紙を出すことはないし、返事も来ないが俺は構わなかった。

くいながあのロバの紐に束ねていた、俺が出した手紙だけをくいなと一緒に送って、白いロバだけが俺の手元に残っている。その紐は、届くことのない、くいな宛ての俺が書いた手紙がどんどん増えていく。

逆に、俺の緑のロバには、これ以上増えることのない、くいなからの手紙が束ねられている。


この頃の変化は著しい。余りに目まぐるしくて、こうしてただ白いだけの便箋を出すのもすごく久しぶりな気がした。

書くことはいつも通り。小さな変化、そして変わらない事。

海の上にいると意外と潮の匂いは気にならないとか、どうやらずっと船について来るかもめが居るみたいとか、潮風の中でも花は咲くとか。何処に居てもポラリスの位置は変わらないとか、太陽の色は海に滲んでしまうとか、ブルックのおかげで下手くそなルフィの歌がほんの少しだけ改善したとか。


大きな変化は書かなかった。・・・書きたくなかった。




「まあ、もしかしてそれ、極東で使われている文字かしら。意外。すごく綺麗な字を書くのね。・・・あら?それ、手紙かしら、ごめんなさい。」

「読めるのか?」

「いいえ。その文字はとても難しいもの。文章にするのに、3種類の文字が必要だなんて、滅多にないわ。」

「そうか。」

読めないなら構わない。読めたって気にしないけど。どうせ内容はたわいもないことだ。

文字の綺麗さには少し自信がある。意外と女らしい字を書くくいなにばかにされないように、綺麗に書くことを心掛けたからだ。いつにない、穏やかで心地いい文通の雰囲気を壊したくなかったし。

代わりにこの世界の公用語の文字は、くいなにまるでミミズだねと言われた。



「それにしてもゾロが手紙ねぇ。明日は嵐かしら。」

「いや、ナミさん、10分後に来るかもしれませんよ。」
「ああ、そうね。洗濯物取り込んでおかなきゃ。全く、今日は梅雨時の滅多にない晴れ間なのにどうしてくれんのよ。」


てめぇら。黙って聞いてりゃ言いたい放題・・・
じとりとナミとぐる眉を睨め付けて、続きを書いた。俺がお前に手紙を書くと嵐になるらしいぞ、と。


「でもよ、この前スーパーな晴れ島を出たばかりだぜ。出すのは相当後になっちまう。」

「いいんだ。出さなくても届くから。」

「ヨホ?どういう意味です?」

最後にこっぱずかしい一文を付けて手紙をたたんだ。
封筒に入れて、宛名は書かない。
白いロバを緩めて、そこに重ねた。


「本当に出さないのか?」

「出しただろう。今。」


そのままガタリと椅子を鳴らして席を立った。甲板に出て凪いだ水面を見つめた。右手には二匹のロバ。左手は白鞘の柄をなでた。


手紙が届かなくなってから、お前の手紙を読み直したり、手紙を書いたりするとやっぱり少しは切なくなったりするんだ。けど、今日はなんだか気分がいいよ。理由は分かってる。
こそばゆい心地をごまかすように、太陽にかざした白と緑のロバにバーカと呟いた。おかげでばっちり今日の日付を覚えてしまったじゃないか。




『お前がいないっていうことは、失うばかりだと思っていたけどそうじゃなかったよ。お前みたいに俺に構う連中に出会えたよ。大切なものは変わらないのに、大事なものが増えたんだ。
次の手紙ではそいつらの事書くな。きっといつもどうりつまんないことだけど。


それじゃあ、またな。』





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エセル(Esel):独語でロバ。


託したのは友情?それとも愛情?届かぬと知っているのに、自分から繋がりを切ることはできないんだ。

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