OP

□24時間の駆け落ち
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「ワリィが夜中から出る。見張りは今日は出来ねェからな。」



綺麗な月の晩の、島に停泊して三日目の夕食後の宣言だった。

ゾロは余り遊び歩くという事をしなかった。島に到着しても気まぐれに外を歩くぐらいで(それでも迷子になることなどしょっちゅうだったが)、殆どを船周辺で過ごしている。そのため、見張りはゾロにお願いするのが一番多くなっていた。


「へぇ。珍しいわね。まだこの島では降りてなかったけど、用事でもあるの?」


質問で返した。いつも見張りを頼んでいる手前、たまの要求を跳ね返すつもりなど毛頭無かったが、それでも興味を引いたのは事実だ。前もって予定を組むような約束を誰かとしているのかと興味を持つのは当然だった。


「まあ、用事っつーか、自己満みてえなもん。」


一斉にクルーの頭上にクエスチョンマークが浮いたのがありありと見て取れたが、質問を挟まれる前に席を立って一言告げた。


「丸一日出る。明日の真夜中過ぎには戻るから。」


バタリと扉を閉じた。まだ日付も変わっていないのに、ずいぶん気が急いている、と自嘲した。




なにもない島だ。
派手な繁華街もないし、日が落ちれば寝る準備を始めるような農村だ。足元を照らすのはいつもより白みが強いような気がする月明かりだけだ。

人から遠ざかるように山を登っていく。ただ無心になりたくて歩を進めた。
自分の心臓がどくどくと音を起てたり、せわしなく空気が喉から出入りする音を聞いたり。呼吸もコントロールしないでがむしゃらに足を動かしていたせいで、普段ならこの程度では乱れないはずの脈や息がうるさかった。


山の頂上に着いたのは夜が明けて少し経った頃だった。高台に座り込んで絶壁の淵から先を眺める。

見えるものは朝もやのかかる森。凪いだ海。透明と青色の間の色の空。向こう側が透けて見える薄い雲。昇りたての太陽、そして、空気に融けそうな、月。


今日は、今日だけは、他の何も考えたくなかった。
誰の言葉も、誰の気配も感じない、自分と、くいなだけが存在する場所に引きこもりたかった。
世界一だとか、剣だとか、未来だとか過去だとか、夢だとか野望だとか、そういうものを全て今までいた騒がしい場所に置いて、ただ、くいなを思う心だけでくいなと、そして自分を見つめたかった。



死者を想う事は罪なのだろうか。いい加減諦めろとか、引きずるんじゃないとか、的外れな事ばかりいう。俺は何も特別な事などしていない。そこらにいる人間と同じように、何よりも大事な人に感情を捧げているだけだ。
年寄りが伴侶を亡くして再婚しなければ一途で、若造が恋人を亡くして次の恋をしなければ引きずってるなんておかしいだろう?

後ろを向いている訳ではないよ。過去ばかり見つめているわけでもない。この感情があるから彼女に誇れる人間で在ろうと努力するし、彼女との過去が俺の未来を照らしてる。彼女の存在があるから俺は前を向いている。



手を繋げなくても、声が聞こえなくても、彼女はいつだって俺の導(しるべ)となり、いつだって俺の一歩前を歩いている。





人の営みから逃げ出して、考えることは君の事。
今日、彼女は一つ歳をとる。歳の差はあいていくばかりだけど、彼女は永遠に俺の二歳年上でもある。
置き去りにする事に恐怖を覚え、追い付けない事に安堵する。


彼女が生まれてくれた事実に感謝して、彼女が存在した世界と時代に居合わせた事に感謝する。



誰に?もちろん、彼女に、だ。



生まれてくれてありがとう。出会ってくれてありがとう。君の誕生日である今日一日。君のことだけ想って、いたいんだ。

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