short
□Narsty Lover
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『雅治…』
「莉奈…」
闇夜に映る2つの陰。
その陰はやがてゆっくりと重なり、溶けて落ちた。
*
立海大付属中男子テニス部マネージャー。
それが私の肩書き。
もう1つの肩書きは…。
「今日もお疲れ様。疲れてないかい?」
『平気よ。気にかけてくれてありがとね、精市』
テニス部部長の幸村精市の彼女。
精市と私が付き合いだしたのは丁度1年前。
先輩達が引退して部長になった精市を支えたいと思ったのがきっかけ。
みんなが羨む程私と精市は仲が良く、喧嘩などもした事がない。
まあ私に言わせたらただそれだけの事…なんだけどね。
「山下!腕怪我したんじゃが、手当てしてくれんかのう?」
仁王が遠くで私を呼んでいるのが聞こえた。
仁王は左腕を押さえて顔を歪めていた。
『精市、仁王が怪我してるみたいだから行くね』
「……行かなきゃダメなのかい?」
精市は私の腕を掴んで不安気な顔で問い掛けてきた。
恐らく彼は気付いている。
私と仁王の関係に。
『部員が怪我してるのよ?マネージャーが行かなくて誰が行くの』
精市に上辺だけの笑顔を見せてその場を離れる。
心は早く彼の元へと叫んでいる。
『ごめんね、仁王。お待たせ』
「……約束」
『ああ。2人きりの時は雅治だったね』
雅治にふわりと笑顔を向けると雅治も納得したように口角を上げた。
『嘘までついて私を呼び出してどうしたの?』
「ばれとったか…」
『雅治の事なら何でも分かるつもりよ』
雅治は押さえていた左腕をぶらんぶらん振って笑った。
雅治の左腕の怪我は嘘。
何となくだけど…雅治が嘘ついてるって分かった。
今の会話で大体の事は掴めただろう。
私にとって雅治は浮気相手だ。
だけど誰よりも愛してる。
そう、精市よりも。
この関係を最初に持ち出したのは雅治だった。
【刺激が欲しくなか?】
そのたった一言に私は乗った。
気付けばこの日から気持ちは彼に傾いていたのかもしれない。
精市に不満があった訳でもない。
むしろ昔と変わらずに愛していた。
だけど雅治の瞳に捉えられた私は、雅治の虜になってしまった。
「今日の夜8時に迎えに行くけん」
『分かった』
「……のう、莉奈」
『何?』
「キスしたいんじゃけど」
『…いいよ』
少し躊躇った後、私は了承の言葉を口にする。
別に誰に見られても構わなかった。
堕ちる所まで堕ちてしまえばいい。
私の心はもう雅治にしかない。
雅治の顔がゆっくり近付いてくる。
ねえ、雅治。知ってた?
雅治がどう思ってるかは知らないけど、私は雅治が大好きよ。
雅治のためならどんな罪だって背負える。
雅治と共に生きて行けるならどんな事だってする。
だけどこれは許されない恋なのね。
貴方が1番よ、と言えたらどれだけ楽になれるんだろう。
どんどん近付いてく行く雅治との距離。
目を閉じる直前に見えたのは凍り付いた精市の顔。
そんな精市に少しだけ微笑んで私は目を閉じる。
Narsty Lover
(これが悪だと知ってても)
(私には到底止められない)
(貴方という悪に染まるの)
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