歪んだリップノイズ

□case.5
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ふとした瞬間に東京行きを思い付いてしまった。
今日は東京に行こう。


時刻は朝の10時。
今から用意すれば余裕だ。


そうと決まれば東京にいる彼に連絡だ。
でも連絡しようとした手をふと止めて考え直す。


東京に行く時はいつも彼に連絡してばかりだな。
今回は軽いサプライズとして連絡はやめておこう。


彼はどんな反応してくれるかな。


自然と上がる口角を抑えることはできなかった。


東京寄りの神奈川に住む私にとっては、東京なんていつでも行ける距離。
だが極度の面倒くさがりな私は東京にはなかなか行かなかった。


準備を万端にして家を出る。
さあ、向かうは氷帝学園。


氷帝に着くとその敷地面積にただただ驚かされる。


初めて着たけど予想以上。
立海も大分広いと思ってたけど、金持ち学校はやはり違う。


彼はやっぱり部活動に励んでいるのだろう。
聞こえてくる女の子の黄色い声を頼りに私は足を進める。


当初は私服姿で浮くかも、なんて思ったがさすが休日。
コートの周りには私服姿の女の子で埋め尽くされていた。


みんな各自好きな人の名前を呼んでいる。


私もここは便乗してみるか。
ニヤリと笑い、大きく息を吸い込む。


『景ちゃーん!素敵ー!』


スマッシュを打とうとしていた彼は、大きく空ぶった。


普段見られない姿に周りはざわめく。
明らかに皆が皆、動揺していた。


私はと言うと、肩を震わせ爆笑だ。


彼はキョロキョロと辺りを見回す。
恐らく私の姿を探しているのだろう。


『景ちゃーん!こっちだよー』


声の方向に気付いたのか彼は私の姿を視界に入れ、目を大きく見開く。
すると試合相手に一言断りを入れ、コートを出て此方まで歩いてきた。


突然の事に悲鳴を上げ出すギャラリー。


私はニコニコと笑顔を絶やさず彼を見ていた。


「何で…ここに…」

『景ちゃんに会いに来ちゃった』

「来るなら連絡くらい寄越せ!」

『驚かせたかったんだもん。どう?景ちゃん。驚いた?』


悪びれもせず笑う私に景ちゃんは少し溜め息を吐いた。
でも直ぐに優しく笑って、私の頭を撫でる。


「よく来たな。会いたかったぜ」

『私も会いたかったよ』


景ちゃんのこの優しい笑顔が好きだ。
アイスブルーの瞳が細くなる瞬間が堪らなく好き。


「もう部活が終わる。部室で待ってろ」

『はーい、待ってる。でもここで待ってるよ。私部外者だから、部室には入らない』


私の言葉に景ちゃんは少しだけ眉を顰めたが、頷いてその場を去った。


景ちゃんが去っても未だに残る視線に私は少し居心地が悪くなる。


『あの…何か?』

「跡部様と貴女様はどういう関係でいらして?」

『景ちゃんは私の元カレだよ』


氷帝の女の子の言葉遣いの綺麗さに感動しながらも、問いかけられた質問に私はバカ正直に答える。


「まあ…!貴女様なら美しい跡部様にピッタリだわ…」

「2人でいらしても絵になっていましたもんね」


その声に賛同するような声ばかりで私は思わず目を大きく見開く。
立海とは正反対の反応にただ驚いた。


立海の女の子達は私が彼の隣にいたい。って考えだけど、氷帝の女の子達はどうやら美しい物を見るのが好きみたいだ。


氷帝の女の子達はサッパリしてていいねー。と私は薄く笑う。


何て色々考えている内に部活終了時間を迎えたらしい。


挨拶を済ませ、さっと景ちゃんは私の元に駆け寄ってくる。


「待たせたな」

『着替えないの?』

「どうせ帰りは車だ。今日はこのまま帰って家でシャワー浴びる」

『じゃあ私も景ちゃんのお家コース?』

「不満か?」

『ううん。久しぶりの家だし楽しみだよ』


ニコリと笑う私に景ちゃんは嬉しそうに目を細めて笑った。
だからその顔は反則だって。


景ちゃんは私の手を握り、ゆっくりと歩き出す。
さり気なく私の歩幅に合わせてくれる優しい景ちゃん。


「亜梨紗!」


景ちゃんと他愛もない話をして、歩いていると私の名を呼ぶ声が聞こえた。
その声はとても聞き慣れたもので、反射的に振り返る。


『……侑君!』

「酷いやん。跡部には挨拶して、俺には挨拶なしかいな」

『だって私今日は侑君じゃなくて景ちゃんに会いに来たんだもん』


ひたすら難しい顔をしていた景ちゃんはその言葉を聞いて嬉しそうに顔を綻ばした。
それとは対照的に今度は侑君が眉間に皺を寄せた。


そんな2人が何だか面白くて私はクスッと笑う。


『侑君には、また後日連絡する。だから、ね?今日は許して』

「本間亜梨紗には適わんわ」


少しだけ溜め息をついた侑君は笑って私達に手を振った。


私は侑君に、またね。と言って景ちゃんの手を引いて再び歩き出す。


校門前に停まっていた景ちゃんの家の車にずかずかと乗り込む。


『お久しぶりです。お願いします』

「亜梨紗様お久しぶりです。今日はどちらまで?」

『景ちゃんの家で構わないです』


顔見知りの運転手さんに挨拶をキチンとして、行き先を告げる。


車が発車し出して、気になるのはさっきから喋らない景ちゃんのことだ。


『景ちゃんどうしたの?』

「亜梨紗は…あいつのとこに行きたかったんじゃねえのか?」


景ちゃんの顔が悲しそうに歪む。
ここまで景ちゃんのプライドをぶち壊せるのは私くらいだろう。


最近景ちゃんは情緒不安定気味になっていた。
原因は言わずもがな私だろう。


私1人の存在が景ちゃんをこんなに弱くする。


『最初に言ったでしょ?私は景ちゃんに会いに来たって。今日は景ちゃん以外何もいらない』


その言葉を聞いて景ちゃんは私を強く抱きしめる。


それから少しして景ちゃんはそのままの状態で眠ってしまった。
精神的に不安定になって疲れてしまったんだろう。


私は景ちゃんの頭をゆっくりと撫で続けた。


「亜梨紗様。到着いたしましたが…景吾様は…」

『ああ、ありがとうございます。景ちゃんは私が起こします』


到着の知らせを聞いて、私は景ちゃんの首筋に軽くキスをする。
そして耳を軽くくわえる。


景ちゃんは耳が弱いのを私は知っている。


「んっ…」

『……景ちゃん。着いたよ』


景ちゃんのくぐもった声にらしくなくドキッとする。
平常心を装って声をかけてみると、景ちゃんはすんなり起きてくれた。







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