歪んだリップノイズ
□case.10
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放課後の空き教室に幸村に呼び出された。
私は大人しく指定された空き教室に向かう。
幸村の言葉に逆らったら後が怖いのは十分に分かっているから。
空き教室の扉を開けると、そこには既に幸村が待っていた。
『お待たせ』
「ああ、構わないよ」
幸村が座っている真正面の椅子に座り、鞄を置く。
幸村はそれを楽しそうに見つめている。
相変わらずこの男の思考が読めない。
「亜梨紗は進路どうするの?」
『は?』
切り出されたまさかの話題に私は唖然とする。
この男はまさかこんな話をするためだけに私を呼び出したのか。
いや、そんな筈はない。
「やっぱ立海大とかに進んだりするの?」
『正直大学に進む気はない。もう勉強したくないし。でも、立海大に進むのが1番楽な方法だからそうするかも』
「いつもそうだよね。亜梨紗は自分の楽な方ばかりに逃げる」
幸村の言葉に言い返せずに、唇をグッと噛む。
だってそう。
自分で決断するのには勇気がいる。
でも周りに流されて決めれば自分で決めた事じゃないから、失敗したって言い訳できる。
私はとことん狡い女なのだ。
「でももっと楽な進路があるよ」
『俺と一緒に死のう、とか言うんじゃないでしょうね?』
「あ、バレた?」
へらっと笑う幸村に笑い事じゃないのにな、と盛大な溜め息をついた。
でも、そうだよね。
私が気付かない内に幸村が飲み物に薬とか入れてくれてたら。
それもそれで楽なのかもしれない。
「そんなんじゃなくてさ、俺と結婚すればいいじゃん」
『……頭大丈夫?』
幸村の言葉に目を見開く。
私結婚願望なんてないし。
そもそも付き合ってもいないのに、何故結婚まで話が飛躍するのだ。
結婚するにしても幸村となんて無理だ。
毎日生きるか死ぬかの瀬戸際なんて。
そんなスリルは欲しくない。
「頭は正常だよ」
『私じゃなくてもいいじゃん』
「亜梨紗がいいんだよ」
迷いがない幸村の言葉に私は言葉を失う。
「それとも、亜梨紗はまだ仁王が好きかい?」
『何でそうなるの。幸村は雅治にこだわりすぎ』
「こだわってなんかないさ。誰から見てもそう見える」
これじゃ埒があかない。
幸村は先入観があるからそう思うだけ。
私が過去に雅治のこと好きだったのを知っているから、そう思うだけ。
それだけなのに。
『私はもう雅治の事好きじゃない』
「ふーん。じゃあこれ、仁王に渡しておいて」
幸村は鞄の中から1枚の写真を取り出す。
それはよく見ると、雅治と女の子がキスをしている写真で。
『何でこんなの持ってるの』
「たまたまこの現場見かけたからさ、デジカメで撮っちゃった。せっかく現像しといたから仁王に渡しておいて」
表情では冷静を保ってるつもりでも、私の心の中はかなり動揺していた。
『何で私が渡さなきゃいけないの』
「俺から渡すの面倒くさくなって。仁王の事もう何とも思ってないなら、渡せるよね?」
ここで断っても面倒な事になるのが目に見えてる。
私は黙って、写真を鞄の中に入れた。
幸村が嬉しそうに笑う。
ああ、その笑顔が見れただけでいいや、なんて思う私は相当馬鹿だろう。
「亜梨紗」
『ん?』
幸村が私の頭を優しく撫でる。
それが何だか心地良くて目を閉じる。
すると、唇に柔らかい感触を覚えた。
そっと目を開けると、そこには不敵に笑う幸村。
「結婚の話考えておいてね」
『考えなくても答えは決まってるわよ』
「俺は亜梨紗だけを大事にするよ。仁王と違ってね」
『だから…』
「ばいばい。写真よろしくね」
幸村は最後の私の言葉を聞くこともなく、手を振って去っていった。
結婚なんて本気で言ってるのかバカ男。
分かってるはずでしょ。
私と居ると自分が自分じゃなくなる事くらい。
他人の私でさえ気付いてるのに。
幸村の心は限界なはずだよ。
泣いてるはずなのに。
どうしてそこまで自分を傷付けるの。
弱った貴方は私には毒。
貴方を愛しちゃいそうで怖いよ。
でもきっとこれは、恋愛じゃない。
ただの依存。
幸村も私のこと本当に好きなの?
それは唯の依存じゃない?
取り違えてはいけないよ
どうしてこんなに好きなのに
亜梨紗は俺だけの物にならないんだ
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