次の撮影の準備のため出来た休憩時間中、ルルーシュが一人スタジオの隅で一息ついていると急に誰かに後ろからハグされた。
「わっ!?」
「だ〜れ〜だ?」
こんなスキンシップ過剰野郎はここには一人しかいない。
「ちょっとスザク、止めろって」
「え〜、そんなに体重かけてないつもりなんだけどな」
確かに重くはないが、こんなふうに耳元で囁かれては、こそばゆくて仕方がない。
「いいから、早く退いてくれ。じゃないと―――」
「じゃないと?」
「敬語に戻る」
「すいません、もうしません」
宣告されスザクはあっさり手を離した。
「ちぇ、ルルーシュってば、ひどいんだから」
「どの面下げてそんな事言うんだか」
「え、こんな顔」
拗ねていた顔が瞬時に営業用アイドルスマイルにかわり、ルルーシュは軽い目眩とともにその場にしゃがみこんだ。
何で自分はこの人にこんなになつかれちゃってんだか。
最初はもっとこう、爽やか系な人だと思ったんだけどなー…。
最初の顔合わせの日の印象が、はるか昔の人の事のようだ。
「…それで?今日は入りは夕方からじゃなかったでしたっけ?」
遠い日に思いをはせかけたルルーシュは、立ち上がる気力なくしゃがんだままスザクに一応聞いてみた。
「いやぁ、収録の打ち合わせが思ったより早く終わったから〜、って、何気に何で敬語に戻ってんの!?」
「気のせい気のせい」
スザクの突っ込みを明後日の方向を向いて、ルルーシュはあっさり否定する。
と、その視界にある人物が映る。
「あ、ジェレミアさん」
自分とは正反対の場所で一人台本を読みふける、やたら姿勢正しいその姿は忙しく行き交うスタッフの中で微妙に浮いていた。
「相変わらず孤独の人っぽいね、あの人」
「…そう、みたい」
スザクの言葉に、ルルーシュは向こうを見つめたまま頷いた。
―――本当にあの人は、撮影当初から変わらない。
ルルーシュには少々それが複雑だった。
「そういえば、ヴィレッタさん最初困ってたよね。共演者として絡みにくいって」
「…あったね」
彼は自らすすんで一人になりたがる質の人で、撮影の合間や休憩中など常に一人でいることが多かった。
なので、彼の同僚役だったヴィレッタさんが、彼とどうコミュニケーションをとればいいか解らず、その末で自分は嫌われているんじゃないかと一時期本気で悩んでいたそうだ。
声をかければ決して悪い人ではないんだが―――…。

ドスッ

突然、物思いに沈んでいたルルーシュの上に何かがのしかかってきた。
「うわっとと―、」
しゃがんでる所に更に重しが加わり、危うくルルーシュは床にもんどりをうちそうになり、体勢を保とう必死に爪先に力をこめる。
「ちょっと、だから重いって言ってるでしょう!!」
てっきりまたスザクの悪ふざけだろうと、後ろに向かってルルーシュは抗議の声を上げた。
だが、聞こえてきた忍び笑いはスザクのものではなかった。
「にぃ〜さん」
「え?」
「久しぶり〜。元気だった?変なアイドルに絡まれてない?」
「ロロ!?」
自分の背中にのる少年に、ルルーシュは瞠目してしまった。
「久しぶりって、一昨日もあっただろ。しかも今日は休みじゃなかったか?」
「遊びに来たんだよ。それにボクが久しぶりって思ったんだから、いいじゃんか」
唇を尖らし、ふて腐れるその様がルルーシュには後ろにいても容易に想像できた。
全く、なんで自分がこんな目にあうのか。
ルルーシュは今度対人関係でも占って貰おうかと本気で思ってしまう。
しかし、それよりまずはやらなければならない事があった。
「ロロ。いい加減に―」
退いてくれ、と言おうとした途端背中から不意に重さが消えた。
怪訝に思ったルルーシュが立ち上がり背後を見れば―――。
「駄目だぞ、ロロ。先輩の上にのっかっちゃ」
素敵に作り笑い全開のスザクの顔があった。
「あ、スザク先輩お疲れ様です。いたなんて気づきませんでした〜」
こちらもわざとらしい言い訳とともに、に〜っこり微笑んでいる。
その表情と会話だけなら、端から見れば一応微笑ましい光景に見えたかもしれない。

……だけなら、ね。

ルルーシュは内心で半眼しひとりごちる。
実際はスザクがまるで猫のコを持ち上げるようにロロの服の襟をひっつかみ、ロロも抵抗する素振りもなくそのままの状態で応対しているのだ。
イジメだと思われてもおかしくない構図だが、現場一同当事者以外見事なまでのスルーっぷりである。
それもそのはず、何故かこの二人同じ事務所の先輩後輩の関係にありながら、徹底的に仲が悪く、この撮影所ではこれが日常茶飯事なので、誰も何も気にしないのだ。
まあ、暴力を振るうわけでもなくロロも後輩というわりには負けていないためなのだろう、つまり―――。
「いいじゃないですか、兄さんは従兄弟なんだから」
つかまれた手から解放されたロロは、噛みつかんばかりの勢いでスザクに主張する。
「いや、現場ではいくら身内であろうと、しっかり分別をつけないとだな」
スザクはスザクで先輩風を吹かせ、鼻であしらう。
「分別?スザク先輩だってしょっちゅう兄さんにセクハラ紛いの事をしてるじゃないですか」
「それは共演者同士の一種のコミュニケーションで―――」
「ああああーーっ、もう!!」
どっちもどっちないがみ合いを傍でやられる人間にはたまったものではない。
ルルーシュは堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに叫び、キッとロロを睨み付けた。
「ロロッ、スザクの言う通りだぞ。いくら親戚だからって現場では先輩後輩なんだから、そこはキチッと分別をつけろ!!」
「はぁい…」
怒られてしょんぼり肩を落とすロロを目の端に、ルルーシュは今度は勝ち誇った表情をしているスザクに矛先を向けた。
「スザクッ、後輩に対してその態度は何だ!?先輩なら先輩らしく、後輩の見本となる態度を取れ!!」
「はい…」
一気に捲し立てられてたスザクもバツが悪そうに目線を下に落とした。
シュンとする二人の前でルルーシュは脇に手を添え鼻息を荒くする。
放っておかれる一番の理由が自分が何とかしてくれるだろうと、皆に思われている事にはルルーシュは全く気がついていなかった。
…全く、なんで自分がこんな目にあわなきゃならないのか。
ルルーシュは今度何処かの人生相談室にでも通おうかと本気で思ってしまう。
考えながら精神的なものからくる頭痛にこめかみを押さえていると、珍しくこちらを見ていたと思わしきジェレミアと目があった。
ジェレミアはルルーシュと目があうと、柔らかく微笑みを浮かべてくれ…たように見えた。
これは声をかけるチャンスかもしれない。
ルルーシュは咄嗟にジェレミアの元に行こうとする。
「兄さん、どこいくの?ボクが悪かったから置いてかないでっ」
だ、それは後ろからのびてきた手によって引き留められてしまう。
「ロロ、こら、止めろって」
何とか腕を引き離し、再度ジェレミアに視線を戻した時にはすでに遅かった。
ジェレミアはまるで拒絶するかのように、こちらに背中を向けてしまっていたのだ。
ルルーシュの表情に落胆の色が浮かぶ。
「どうしたの、ルルーシュ?急に落ち込んで」
解りやすく垂れる頭にスザクは狼狽え尋ねた。
「そうだよ、兄さん。良かったら話を聞くよ?」
親身に自分を覗き込み心配をしてくれている少年に、まさかお前のせいでタイミングを逃した、とはさすがにルルーシュは言いたくはない。
けれど、それとはまた別に話を聞いてくれると言うなら、聞いて貰ってた方がいいかもしれない。
少しでもあの人に対する周囲の誤解が解けるなら。
そう考えたルルーシュは、少しずつ自分にジェレミアがしてくれた事を二人に話始めた。
演技に思い悩んでいる自分に、ふらりとやって来てアドバイスをしてくれたこと。一人で演技の練習をしてる際、時間があれば見て付き合ってくれたこと。他にもあるが、ルルーシュが語ったのはどれも寡黙な彼の優しい一面を物語る出来事ばかりであった。
確かにジェレミアは多少変わった所はあるかもしれないが、芝居に対して誰よりも熱心で真面目で。自分も見習わなくてはと、いつもそう思わせてくれる何より尊敬出来る人だ。
ルルーシュはそう思っていた。
「もっと話をしたいんだけど、皆がいる前だと何か声かけるタイミングがなくてさ」
「……成程、ね…」
じっと、何かに耐えるようにルルーシュの話を黙って聞いていてくれたスザクは、何故か恐ろしい程無表情に呟いた。
ルルーシュはその反応にあれ?と首をかしげた。
ルルーシュとしてはへえ〜とか、あの人がね〜とか。そういうリアクションを期待していたのだけれど…。
「じゃあ、兄さんはジェレミアさんともっと仲良くなりたいんだね?」
こちらも同じく笑っているんだけど、何かが違う。
何か自分は言い方でも間違えたのだろうか?
「そうなんでしょ?」
「うん、まあ、そうなる、かな?」
首をかしげつつも、ロロの念押しにルルーシュは間違いではないからとりあえず頷いてみた。
「そうと解れば話は早い。ロロッ」
「はい」
呼ばれ、ロロはどこからともなく週刊雑誌ぐらいの大きさの白い立方体を取り出した。
「きっかけを作るには食べ物が一番!これ、差し入れ用に僕が買ってきたんだ。これで兄さんとジェレミアさんが仲良くなれるよう、僕が取り持ってあげる」
「え?え?」
ルルーシュが何かそれおかしくないか?と言うよりも早く、ロロはジェレミアに向かって突進していった。
その後ろ姿を兵士を送る将が如く、スザクは悠然と見つめる。
「敵まわすと厄介だが、こういう時のヤツ程頼もしいのはいないな」
「…スザク、言っていることが良く解らないんだけど……」
自分には何の事かさっぱり解らないのに、やたら息の合う二人の行動に、ルルーシュの頭の中は疑問符に満ちていた。
「まあまあ、いいじゃないルルーシュ。せっかくロロが取り持ってくれるって言うんだから」
それは確かにそうだ。
せっかくの好意を無下にするのもなと、ルルーシュは考え直す事にした。
「お、何か良い感じに喋ってる喋ってる。んで、ロロからお菓子を手渡され口に入れて―――」
「スザク、別にそんた実況しなくても…」
「退却したーーー!!」
「何でぇ!?」
驚きにルルーシュは首を90°回転させた。
が、実況通りすでにジェレミアの姿はなく、彼のもとに行っていたロロが小走り戻って来た。
「ただいま〜」
「……あのぉ、ロロさん?」
達成感に溢れる清々しい笑顔に、ルルーシュはたらりと冷や汗を流しつつ、恐る恐る口を開いた。
「ジェレミアさんは?」
「さあ?どこかにいっちゃった」
「いっちゃったって…、ロロお前一体ジェレミアさんに何を食べさせたんだ!?」
「え〜、普通のタルトパイだよ」
不服そうにほら、と見せられた箱の中を覗けば確かに、美味しそうなタルトパイが並んでいる。
「…特に変わったものはなさそうだけど」
「でしょ!?とくにこのお店のオレンジタルトパイはボクもおすすめで、オレンジが皮まですりおろして入ってて―…、あ、しまった!」
そこでロロは、大きな声を上げた。
「…ごめーん、兄さん。兄さんからって、ジェレミアさんにオレンジタルトパイを渡したんだけどさ」
「うん?」
それの何がしまったんだ?ルルーシュが目で問う。
「ジェレミアさんって、柑橘系ダメなの忘れてた〜」
………。
何いいぃぃぃ〜〜!?
ルルーシュは瞬時に固まった。
「ああ、確かわりと有名な話だったよな」
「ジェ、ジェレミアさーーーんっ!!」
無事でいてくださいっっっ!!
何故かとても爽やかな顔でいってのけるスザクを眼前に、ルルーシュはたまらず叫んだ。
そして、それも悲しいほどに周囲にはスルーされたのであった。
全く何で自分がこんな目にあわなければならないのか。
「そこっ、縁起でもない合掌するなっ!!」
自分の傍らでしっかり手を合わせる二人を怒鳴りつつ、本気で今後のこの二人との付き合い方を考えてしまうルルーシュなのであった。






結局、撮影はジェレミアさん待ちで大幅に遅れたそうな…。









早くも人格が崩壊してます(-_-;)

とある撮影所の風景

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