「いいから、そこでちゃんと見ててね!!」
「はいはい」
絶対だよと念を押し、走り去るスザクを見送りながらルルーシュは、小さく息を吐いた。
小さい子じゃあるまいし…。
スタジオの中心に組まれたセットへ向かう背中を見つめ、ルルーシュは呆れてしまう。
けれどスタッフと二言三言、言葉を交わし直ぐ様役者の顔になるその様にやっぱりプロなんだなぁと。見ていて思う。
ああいうの何て言ったっけ?確か―――、
「……腐っても鯛?」
「こらこら、何失礼な事を言ってるの」
的を得ていない呟きに、背後から失笑が返ってきた。
「シュナゼルさんっ」振り向けば、そこには王子様が立っていた。
「やあ」
いつもの笑顔でやって来たシュナイゼルは、ごく自然にルルーシュの隣を確保する。
「ルルーシュ君、固い固い」
「はい?」
何を注意されたか解らずきょとんした表情の口元に、シュナイゼルは軽く人差し指をあてる。
「なまえ」
艶っぽくそう囁かれ、ルルーシュがああと、察したと同時にセットの方で大きな音が響いた。
怪訝に目を向ければ、どうやらスザクが派手にすっ転んだらしい。
「珍しい……」
普段はちゃらんぽらん(ルルーシュ談)な彼だが、撮影でのこういったNGは滅多にしないのに。
何かに足を引っかけでもしたのだろうか?
「―――って、何肩震わせてるんですか」
隣で声を殺して笑うシュナイゼルにルルーシュは首を傾げたが、当人は何でもないと否定し笑うのみ。
「それならいいですけど…」
正直、かなり引っ掛かりを感じたが彼の性格を考えれば、深追いしても無駄だと、ルルーシュはあえてそれ以上の追求は止めた。
「早々。沈黙は金だよ〜」
スザクと同様に、事務所の先輩である彼の印象もまた、今回の撮影で随分変わったものだ。
気さくだがもっと落ち着いた大人の人だと思っていたのに。
自分の頭をいい子いい子と撫でる、大きな手の感触にルルーシュは内心困り果てる。
「あの〜、次撮影なんですけど」
「ごめんね。可愛くて、つい」
「かわっ!?」
本当に、困る。
きっと兄がいればこんな感じなのだろうが、いかんせんルルーシュは一人っ子なのでこういう応対に慣れてはいない。
(弟なら、慣れてるのに)
横目でもう一度スザクを窺えば、今度は何をやらかしたのか共演者に平謝りをしていた。
「何か、調子悪いみたいですねスザク…」
「鈍いって罪だね〜」
「鈍いって何がです?シュナイ―――」
「だからルルーシュ君、な〜ま〜え〜!!」
「―っと、すいません。シュナさん」
再度忠告され、ルルーシュは慌てて訂正した。
この人も変な所に拘る人だ。
何となくまたはぐらかされたような感はあるが、それは先程と以下同文。気にしても無駄無駄。
話題をさっさと切り替えた方が吉だ。
「それでシュナさん、今日はどうしたんですか、こっちの撮りの予定ありましたっけ?」
「ううん。別撮りが早く終わったから、こっちを見に来たんだよ」
撮影の様子を眺め、シュナイゼルはのんびり答える。
口調とは違い多忙な彼の事だ、きっとこの後も予定があるに違いない。そんな時間の合間を縫い、他の者の演技を見に来る熱意が彼の演技にも強く影響しているのだろう。
「あ」
と、そこでルルーシュはある事を思い出す。
「そうだ、シュナさん。リヴァルさんから聞いたんですが、海外の映画から出演のオファーが来てるって本当ですか?」
「ああ、その事」
まだ正式には発表されていない噂の段階のものだったが、シュナイゼルは特に驚きもせず、事も無げに相づちをうつ。
「同じ事務所のルルーシュ君たちにも教えていないことを何で知ってるんだろうねぇ、彼の情報網には脱帽してしまうよ」
怖い怖いと肩を竦めるシュナイゼルの言葉内に、ルルーシュは噂が真実である事に確信を持った。
「やっぱり、本当なんですね」
「まあね」
「おめでとうございます!」
「有り難う。でも一応まだ公になってない事なんだから、あまり大きな声出さないでね」
喜んだのも束の間、困り顔のシュナイゼルに直ぐ様たしなめられ、ルルーシュは慌ててすいませんと謝罪を口にした。
けれどそこでシュナイゼルの態度が何となく気になり、下げかけた頭を途中で止める。
「…もしかして、嬉しくないんですか?」
僅かなに口に出すのを躊躇った後、ルルーシュは思いきって尋ねてみた。
「どうして、そう思うんだい?」
「どうしてって―…」
具体的な理由があったわけではない。本当に何となくそう思っただけなのだ。
質問に質問で返されるとは思わず、ルルーシュはどうしようかと口ごもる。
「…え〜と、ニュアンス的にというか、…勘です」
「カン、ね…」
仕方なく正直に答えることにしたルルーシュの言葉尻を、シュナイゼルは何かを考える素振りで繰り返す。
「そういうのには、働くのか……」
小声でしかも口早に呟いたそれはルルーシュの耳には聞き取れなかった。
それは恐らく意図的なもので、案の定思いっきり疑問符をくっつけたルルーシュをシュナイゼルは完璧な笑みでシカトする。
「…そうだね、嬉しいかと問われれば、半分当たりで半分はずれってところかな」
―――半分。
その単語を口の中で転がせば、シュナイゼルが笑って頷いた。
「怖いんだよ、ボクは」
自嘲気味に口の端を上げ、彼は言った。
「新しい世界で自分を試せる良い機会に恵まれたと思う反面、今を壊したくないと思ってしまうんだよ」
ボクは臆病者なんだ、と。
いつもと変わらず飄々とした物言いだが、伏せられた瞳が彼の本心を物語る。
…この人でも迷ったり悩んだりするんだ。
ルルーシュは何よりも先にそれを意外に思った。
当たり前と言えば当たり前の事だとは思うが、どうも自分の中で勝手に完璧なイメージが出来上がっていたらしい。
「…じゃあ、断るんですか?」
「まさか」
顔色を窺い尋ねるルルーシュに対し、シュナイゼルはとんでもないと首を横に振って見せた。
「もちろん今回の撮影が終わった後、正式に引き受けるつもりだよ。ただ、今の立ち位置を崩したくないって考える自分がいるってだけさ。でもね―――」
言葉を続け途中、撮影風景を眺める双眸が寂しげに細まる。
「現実に変わらないものなんて一つも無いからね。変化してしまったものを否定して、過去にすがりつく生き方は嫌なんだ」
だから常に自ら変化を望み、挑み生きる。
その糧になるものならば何にでも努力を惜しまない。
それを経て今の自分があるのだ。
そして、これからも。
改めてルルーシュはこの先輩の凄さを知った気がした。
「…と、いうことをね」
尊敬の眼差しに見つめられたシュナイゼルが、急にボソリと呟く。
「どちらかと言えば、オクテな向こうさんに言ってあげたいんだけどね〜。でも苦手通りこして、す〜っかり警戒されまくりだからねぇ〜」
だが、高らかに笑い声を上げる様はとても楽しそうだ。
「何を言ってるか、よく解んないんですけど」
「大丈夫。お互い±0で問題ないみたいだし。ん?いや、これはマイナスと言ったほうが正しいのか?」
いや、だから話が見えませんて。
どうしてこの人の話は急に一方通行になるのか。
いつもののらりくらりなマイペースの調子に戻ってしまったシュナイゼルに、ルルーシュは頭を抱えたくなる。
「おや、ルルーシュ君具合でも悪いのかい?」
「…いえ」
誰のせいですかと言ってやりたかったが、どうせ確信犯だ。
「どれ」
無駄無駄と自分に言い聞かせているルルーシュの額に、人の話など全く聞かないシュナイゼルがこつん、と自身の額を合わせてきた。
「…熱はないみたいだね」
「シュナさん!」
突然の端正な顔のどアップはかなり心臓に悪い。
たまらずルルーシュが抗議の声を上げようとしたその時―――


ドンガラガッシャァーン!!


「!?」
今まで一番大きく派手な音が撮影スタジオ一杯鳴り響き渡った。
ルルーシュも驚きに思わず身がすくむ。
「な、何です!?」
咄嗟にその源を探す視線はある一点で止まった。
「…うわぁ〜…」
「痛そうだね」
セットの一部を破壊した約一名が片足を抱えて派手に飛び回る姿に、それぞれの口からそれぞれの感想(?)がもれる。
そして、立て続けに撮影を中断しまくる張本人へと苛立った監督が耐えかねた様子で近づいていく。
…あれは説教決定だな。
ルルーシュはスザクに向かって密かに内心合掌した。
「本当に今日は調子悪いですね、あいつ」
「そうだね、ちょっとやり過ぎちゃったね〜」
彼の身を案じるルルーシュの横で、何故かシュナイゼルは申し訳なさそうに頬をかく。
「でもまあ、いっかな。それも今だけだし」
「?」
「もう少し今のままで、って事でね」
一人で言って一人で納得するシュナイゼルを、ルルーシュは怪訝に見つめたが、やはりその真意は教えてもらえそうになかった。
けど、それもいつか先程のように、語ってくれる時がくるだろうか?
「ほ〜んと、スザク君って面白いよね〜」
とりあえずしばらくはこの人の手で踊らされる日々が続くんだろうなぁー…。
説教中のスザクを楽しげに眺めているシュナイゼルを横目に、ルルーシュは頑張ろうと自分自身を励ました。









世の中変わらないものを探すのは割りと大変だったりします。
とある撮影所の風景

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