「こんにちは、ルルーシュさん」


他局の廊下でナナリーに偶然ばったり出会った。

ドラマで共演しているとはいえ、最近では一緒に撮影する機会がないため、顔を合わせるのは久しぶりだ。
久々の彼女との再会にに、ルルーシュの表情も自然と柔らかなものになる。
「こんにちは、ナナリー。今日は何の仕事だい?」
「動物バラエティーにゲスト出演で呼ばれたんです」
ナナリーはにっこりと微笑み答えた。
「それでですね、ふわふわのウサギを抱っこさせて貰ったんですよ〜」
それからとても嬉しそうに、これくらいウサギでと身振りを交え説明してくれる。
その仕草が何とも可愛らしく、見ているだけでこちらにも笑みがこぼれてくる。
何て言うか、双子の片割れとはえらい印象の違いである。
せめてこの愛らしさの十分の一でもロロに遺伝してくれてれば……。


「ル、ルルーシュさん?」

「いや、何でも、何でもないんだ。ちょっと、目眩が…」

熱くなった目頭を押さえ、ルルーシュは首を横に振った。
「ごめん、大丈夫だから」
「―――そういえば、何だか少し痩せたような気が。疲れているんじゃないですか?ちゃんと休んでます?」
「本当に大丈夫だって。そんな大したことないから」
身長差から下から人の顔を覗き窺うナナリー顔のアップに、ルルーシュは慌てて顔を上げ口の端を上げて見せた。
ナナリーにとっては従兄弟という気安さからの何気ない言動だとは思うが、人前でのこういった行為はすぐにいらない誤解を招いてしまうものだ。特にこういった世界では、すぐに尾ひれ背びれがついていい加減で無責任な噂が流れてしまう。
ルルーシュは往来する人の目がこちらに向いていないか確認し、内心胸を撫で下ろした。
純粋、と言えば聞こえはいいが、そこの所をもう少しナナリーには今後のためにも言い聞かせておいたほうがいいかもしれない。

「あのさ、ナナリー―――」

「もしかして、ドラマの撮影のせいですか?」
ルルーシュが言わんとするよりも先に、ナナリーが口を開いた。

「ロロ、撮影中も随分ルルーシュさんにご迷惑てますよね」
ナナリーはそう言い、申し訳なさそうに瞳を伏せた。
どうもルルーシュの心労の要因の一つとして、自身の双子の弟に思い至ったらしい。
「あのこにはルルーシュさんに迷惑かけないようにって、いつも言ってるんですけど。そうそう、先日もまたルルーシュさんと枢木さんお二人にご迷惑をお掛けしてしまったそうで……」
「いやぁ、それは―…」
すいませんと頭を下げる彼女に、ルルーシュはどうしようか戸惑う。
昔から弟に対しとても責任感の強いこの少女に、何と言えばいいか負担を与えないよう、言葉を探すルルーシュだったが―――…

「………うん……」

最終的に、肩を落とし頷いた。
下手な考え休むに似たりである。

「でも、ロロはロロで、ナナリーはナナリー何だから。別に姉だからって君が謝ることじゃないよ」

いくら姉だからって、ナナリーが気に病む事は全くない。
家族と仕事、姉と弟は別ものだ。
「あいつだって一応仕事と私情は分けている、…はず…だし。ケンカをふっかけてる相手も、…撮影に支障がきたさない程度でピンポイント、のはずだし……?」


「……………」


「…え〜〜っと…」


フォローのつもりがいってるそばから、何故か語尾が小さくなっていく。
どうしてだろう、言えば言うほど収拾がつかなくなっていくような気がする……。
たらりとルルーシュのこめかみに脂汗が流れていく。


「ありがとうございます、ルルーシュさん」
「え?」


そんなルルーシュをどう思ったのか、ナナリーは柔らかく微笑んだ。
「そういう所、昔と変わらないですよね」
「変わらない?」
「はい。だから、ロロもあなたがずっと好きなんでしょうね」
もちろん私も好きですよと、ついでのように付け加えられては、当人苦笑いを浮かべるしかない。
喜ぶべきなのだろうが、素直に喜べない心情だ。
そんなルルーシュの微妙さを知らないナナリーは更に別の話題に移っていく。

「そう言えば、小さい頃ロロがルルーシュさんをお嫁さんにするって駄々こねたことありましたよね?」

覚えてます?と聞かれれば、そんなこともあったな〜とルルーシュも何とはなしに思い出す。
まあ、よくある子供のわがままでルルーシュが双子の家に遊びに来た際、帰る頃にロロが行っちゃ嫌だと泣き出したのだ。
いくら宥めてもその一点張りで、あんまり泣きじゃくるもんだから困り果てた周囲の大人の一人が冗談めかしにこう言った。


『じゃあ、ルルちゃんをお嫁さんに貰っちゃおうか』


…当時幼稚園児に満たない子供が結婚の意味など知るはずもなく、お嫁さんって何?と首を傾げるロロに、ずっと一緒にいられる約束の事だよなんて、いい加減な説明をしてくれやがりまして。当然、ロロはお嫁さんの話にすぐに飛びついた。
後は周りが上手いこと言いくるめ、大人になったら〜という事でその場を納めたわけだが―――。



「あの後しばらく、ロロにその話を引っ張り出されて大変でしたよね」

「本っっ当にっ、大変だったね」
穏やかなナナリーの口調とは逆に、次々思い出される苦い過去にルルーシュの眉間は一層深く刻まれていく。


実は当時からルルーシュはお嫁さんの意味を知っていたのだが、周囲の大人たちにロロを納得させるためひいてはお前のためでもあるんだと説得され、仕方なくその場は話に乗ったのだ。
それがあの後、人の顔を見れば内外構わずお嫁さんを連呼される始末。

「…挙げ句に何処から知識を手に入れたのか、チュウするんだってきかなくて―――」

お嫁さんになってもらうには『ケッコンシキ』といういうものをして、チュウをしなくちゃならない。そう、今度は騒ぎ立てたのだ。
何で自分がそこまでしなくちゃならないんだと訴えたが、それも大人たちに却下され………。


「…俺のファーストキスが〜〜〜」


しょっぱい。あまりにしょっぱい思い出に涙がでそうである。

「あ、あのぅ、ルルーシュさん?」
「普通、子供なら頬とか額とかその辺だろう?なのにロロのヤツゥゥゥ〜〜〜」

「…え、え〜とぉ」

軽い気持ちで振った話題だったが、確実に彼の古傷をめがけクリーンヒットしたようだ。
あまりのルルーシュの怒りの様子に、行き交う人達も何事かと奇異の目を向けていく。


「…あのぅ〜、ルルーシュさん。私もう行きます、ね?」

我を忘れぶつぶつ文句とも恨み言ともつかぬ言葉を呟き始めたルルーシュに、ナナリーはひきつった笑顔を顔にはりつけ、それとなく後ずさっていく。

「それじゃあ、体をお大事にして下さいね」
ナナリーは最後にそう言い残し、ルルーシュを置いて行ってしまった。
その後、自力で我に返ったルルーシュは集まった周囲の視線に一人ドラマの台詞の練習だ云々と、苦しい言い訳で誤魔化す事になるのだが―――、



「ロロのバカ野郎オォォォーーー!!」


幸か不幸か(恐らく幸だろうが)、この時点ルルーシュは全く気づいていなかった…。











数日後。


「ルルーシュ、ロロと婚約してるって噂本当か!?」


いつも通りドラマの撮影所にやって来たルルーシュは、待ち構えていたとしか思えないリヴァルの出会い頭の一言に固まった。


「………は?」

「いやな、知り合いから仕入れた情報なんだけどさ」

某テレビ局でルルーシュとナナリーがロロとの結婚の約束がどうしたこうした話をしていたらしいと、そう、人伝にリヴァルの耳に入ってきたそうだ。
「…聞きたくないけど、具体的にどんな噂になってるんですか?」
「もう先に誓いのキス済ませて、結婚も秒読み段階って聞いたけど?」
よりにもよって何でそこが噂になるんだ!?
レポーターよろしく手マイクを自分に差し出してくるリヴァルを横目に、ルルーシュは深く息を吐いた。
「ちなみに、その後お前がマリッジブルーで一人騒いでいたって目撃証言もあるけど」

「…………」

もう呆れて何も言えない。

リヴァルの態度からして、一部の人間が面白おかしく揶揄っているだけなのだろうが、言われている当人としては冗談じゃない。
「そんな深刻な顔するなって」
ルルーシュのあまりの気落ちぶりに、見かねたリヴァルがからかうのを止め元気づける。
「この程度の噂、せいぜいゴシップ誌に載って終わりだから」
「それが嫌なんじゃないですか!!」
ポンと肩を叩れたルルーシュは反射的にがなった。
そんなの何の慰めにもならない。
「まあまあ、どうせ誰もこんな噂信じないって―――」


「ルルーシュ!!」
「兄さん!!」


「あ」


バーンと扉を破壊しかねない勢いやって来た二人はルルーシュの姿を発見するや否や、勢いのまま駆け寄ってきた。
「ルルーシュ、あの噂嘘だよね?ね?」
「何言ってるんですか、本当に決まってるでしょう!!」
詰め寄るスザクを邪険に手で追い払い、ロロがちゃっかりルルーシュの腕に自分の腕を絡めてくる。
「兄さんとボクはもう将来を誓いあった身なんです〜。もう、誓いのキスだって済ませたんだから」


「嘘だあぁぁぁ!!!!」

これ見よがしに腕を組み、勝ち誇ったように鼻で笑うロロとは対照的に、スザクは頭を抱えその場で悶えまくる。
その一連の様子はどう見てもコントにしか見えない。

「……前言撤回したほうがいいか?」

傍らに立っていた第三者のリヴァルが、ポツリと呟いた。

「別に、どっちでもいいです」

本気とも質の悪い冗談ともとれる二人の間でなすがままになっているルルーシュは、抑揚なく答えた。
思いもよらない、いや、思いたくもなかった噂の弊害にルルーシュは何だか噂云々自体どうでも良くなってきたのだ。
噂があろうとなかろうと、この二人が二人なら何も変わらない。
本当に、全く変わらない。


(また、ナナリーに頭を下げさせそうだなぁ……)


噂の発端と現状はそう遠くなく、彼女の耳にも入るだろう。
ロロにいいように腕を揺さぶられながら、自分に頭を下げる少女の姿を思い浮かべ、ルルーシュは言い様のない罪悪感を募らせるのだった―――。









苦労性な人って、色々大変です(´Д`)
とある撮影所の風景

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ