撮影の合間、撮影衣装のまま1人廊下を歩いていたC2は遠くから珍しい人物に呼ばれ、立ち止まった。
それを確認するや否や、彼は急いでこちらに駆け寄って来る。


「…どうしたの?」


「ル、ルルーシュ、見ません、でした?」

怪訝に尋ねれば、同じく撮影衣装である制服姿のスザクは荒い呼吸のまま、切れ切れに言葉を紡いだ。
言いながらも、その視線は落ち着きなくしきりに辺りを見回している。
「皆と話しているうちに、いつの間にかいなくなってて」
それで探し回っているのだとスザクは。
「一階から三階まで一通り見たんですけど―――」
「校内一周したの!?」
「ええ。でもここって広いから中々要領を得なくて」
驚くC2に対し、サラッと何て事もないように彼は恥ずかしそうに笑った。
だが、この建物の広さを考えれば相当走り回ったはずだ。
今回のドラマでの学園のシーンはその大体をセットではなく、学校の建物そのものを借りて撮影を行っている。
今もその撮影のため、学校に撮影スタッフ共々訪れているのだが―――。
C2は内心その執着というか根性に感心してしまう。
「人に聞こうにも、誰もいないし…」
「それはそうよ」
平日は生徒がいて騒ぎになるから、撮影は休日に集中して撮っている。
なので、撮影に使っている一角以外、普段は賑やかだろうこの空間も静かなものだ。
「そんなに必死に探してるなんて、何かルルーシュくんに急用なの?」
「急用って程じゃあ、ないんですけど…」

「ですけど?」

意地悪く人の言葉尻をとるC2に、スザクは少し困ったようにはにかんだ表情を浮かべた。
「ちょっと、ルルーシュにして欲しいことがありまして」

―――して欲しいこと、ねぇ…。

こちらの意図を察しているのいないのか。動じないスザクの反応にC2は内心その言葉を反芻する。
ルルーシュはとことん真面目で鈍いが、こちらは黒いのか白いのか判断しかねてある種、扱いづらい。
(どっちみち、現段階で第三者が深く立ち入るべきじゃない事は確かね……)
だからと言って、シュナイゼルのように混ぜっ返して楽しむ程、自分は悪趣味ではない。
今、自分に出来るのは傍観者を決め込んで、時折様子を窺う事くらいだ。
「…ルルーシュくんならさっき、教室棟の屋上へ続く階段で見かけたわよ」

「本当ですか!?」

スザクのあからさまな態度の変化が、C2には微笑ましくて、つい、口許が緩みそうになってしまう。
「嘘言ってどうするの?台本持ってたから、多分、それの読み直しでもしてーー…」

「ありがとうございますーっ!!」

「え、ちょっ…」
言い終わらぬうちに走り去るスザクに、瞠目したC2は咄嗟に手を伸ばす。
が、それが何の意味を持たないことはC2自身、良く解っていた。

人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られてなんとやら。

遠ざかるその背を見つめ、C2は肩をすくめ嘆息をもらした。










「さて、問題です」



ルルーシュが台本に目を通す事に没頭していると、突然階段の手すりの下からがスザクの頭が現れ驚いた。
自分が控え室に使っている教室が人の意に反して、人の出入り激しく騒がしかったので、安住の地を求めここ、屋上へと続く階段の踊り場にやって来たのだが―――。
「次の外国語を日本語に訳してください」


「………はい?」


驚きもさることながら、展開に全くついてけてないルルーシュをまるっと無視し、騒がしさの中心にいた張本人スザクは更に続ける。
「イタリア語で、『ティ・アーモ』を日本語に訳すと、さて何でしょう〜?」
何でしょう〜って、言われても……。
本当何なんだ、一体。
困惑するルルーシュだったが、ふと、スザクが持っているクイズの問題集と付箋の貼られた辞書が目に止まった。
そう言えば、教室でスザクを中心に皆で知能指数がどうの出演がどうの騒いでいたような……。
「―――お前もしかして、クイズ番組にでも出るのか?」
「そう、だけど。さっきも控え室で言ってたんだけどなぁ…」
「へえ〜、珍しい」
後半の恨めしそうな呟きは置いといて、ルルーシュは素直に驚いた。
最近のクイズ番組は形式こそ様々だが、傾向としては当人の一般常識や教養、そして知識を問うものが多い。
正解すれば賢いイメージをもたれ尊敬されるが、珍解答やおバカ発言をしてしまった日には、どんな大御所や渋い二枚目俳優でも一変してお笑い要因としてこけ落とされるのだ。
なので、それを売りにしている芸能人ならともかく、スザクのような生粋(?)のアイドルが出演する事など本当に珍しい。
「どうしても、断り切れなかったんだ……」
知り合いがレギュラー出演しているクイズ番組なのだが、勢い余ってその知り合いが自分をゲストで呼ぶと番組内で宣言したそうなのだ。
「当人は本気じゃなかったらしいんだけどさ、プロデューサーの方が出演してくれるなら是非って」
かなり乗り気になってしまったらしい。
自分がお世話になっているプロデューサーにそう期待されては、無下にも出来ず。
「土下座しそうな勢いで頼まれちゃってさ」
「良く事務所が了承してくれたな」
「事務所にも直接電話したみたいなんだよ」
「そこまで……」
よっぽどその知り合いはプロデューサーに恩義を持っていたのか、それともレギュラーの座が危うかったのか。
「社長も気楽にやればいいーって言ってくれたんだけど、でも、もし出来なかったらと思うと…」
「そうだなぁ」
嘆息するスザクに、ルルーシュもしみじみ頷く。
女の子なら多少アレでも可愛いと思うが、野郎がそうだと何て言うかあまり好印象は得られないと思う。
ちょっと、そこは偏見かもしれないけれど。
「でも、だからって俺に問題出してどうするんだよ?」
自分が出題するんじゃ意味がないだろうと、ルルーシュ。
「…何て言うか、気分転換?」
スザクはそれに対し、僅かに目を逸らし答える。
「何だよ、それ」
「だって問題を解いてばかりだと飽きるんだよ」
「飽きるって…」
どんな言い訳だ。
子供じみたその言いぐさにこちらが呆れ返ってしまう。
しかし、スザクはそれを気にせず彼の隣に陣取り顔を寄せてくる。
「そんなことより、ルルーシュ答えは?」
「答え?」
こちらを見つめる期待に満ちた瞳に、ルルーシュは何だったっけ?と首を傾げる。
「だから、イタリア語でー…」
「パス」
「はあ?」
もう一度問題を復唱しようとしたスザクの言葉を、ルルーシュはあっさり叩き落とした。
「俺、イタリア語専攻してないから」
それを言ったら見もフタもない。
「ルルーシュ〜〜〜」
「だって答えたって何の得にもならないし」
素っ気ないその態度にスザクはがくりと項垂れる。
「冷たい、冷たすぎるよルルーシュ。…僕のこと愛してないんだね?」
「うん」

はい、撃沈。

「酷いよ、ルルーシュっ。少しくらい考えてくれたって良いじゃないか!!」
「―って、言いながら抱きつくな!!」
「ルルーシュの冷血人〜〜〜」
抗議に喚くもスザクはルルーシュの首根っこに両腕で絡み付き、中々離さそうとしない。
胸元に押し付けられた頭を見て、ルルーシュは困り果てる。
「…じゃあ、別な問題にしてくれよ。答えるから」
仕方なく妥協案を提示してみるが、スザクは即座にかぶり振った。
「この問題じゃなきゃ嫌だーーーっ」
何をそんなに拘っているのか、スザクは頑なである。
ここまでくると、どこから見ても立派なワガママな子供だ。
「ああもう、厄介な奴だなぁ〜」
ルルーシュはめんどくさそうに呟いて、前屈みになる姿勢でスザクの背中に手を回した。そして、ぽんぽん、と幼子をあやすように背中を撫でさする。
口調のわりに優しい温もりに、スザクも黙ってされるがままにしている。
構図的に恋人というより、母と子といった所だろうか。
そのうち、スザクの腕がずるりと絡んでいた首から滑り落ちた。
それについで崩れ落ちそうになる肢体をルルーシュが慌てて抱え直す。

「…完全に子供だな」

人の膝上で寝息を立てている存在にルルーシュは失笑をもらした。
けれど、ちゃんと解っていた。
彼が自ら甘える人間が限られている事を。
その中に自分が含まれていることも。
アイドルをこなすだけでも大変だろうに、俳優もやって。
疲れているだろうに、今度はその合間にクイズの勉強までして。
凄く頑張っていると思う。
そんな彼が自分のどこを気に入っているのか、こうして傍らにやってくるのだ。
色々あったりするけど、本当に嫌だと思ったことは一度もない。
せめて、自分といるときはこういうふうに肩の力を抜いていてもらいたいと思う。
彼の柔らかいクセッ毛に指先で触れ、ルルーシュは我知らず優しい微笑みを浮かべていた。









そろそろ撮影が始まる時間だと言うのに、肝心の役者二名が戻ってこない。
二人の行方を探そうとしていたスタッフに自分が居場所を知っているからと、C2は自ら探しにいくのをかってでた。
そして、今まさに二人がいるとおぼしき場所へと向かっているのだが……。
思い当たるのはこの場所しかないが、コンクリに響くのは自身の足音のみで、他には物音一つ聞こえてこない。
「ルルーシュくん、スザクくん―――?」
一抹の不安を抱きつつ、C2は階下から屋上への扉付近を覗き込んだ。
すると―――。

「あら」

C2は自身の呟きに、慌て口許を押さえこんだ。

互いに寄り添い、安らかな寝息を立てる、その姿。
その安心しきった穏やかな寝顔は、見ているものをも暖かい気持ちにしてくれるようだ。
「……写真、撮っちゃおうかしら」
猫二匹がじゃれあっている様子を彷彿とさせる光景に、悪戯心を刺激されたC2はおもむろにポケットから携帯電話を取り出した。
…後からこれを当人たちに見せたら、どんな顔をするだろうか?
撮った写真を、C2は楽しげに眺めてからしっかり保存する。
認めたくはないが、シュナイゼルの気持ちがちょっと解ってしまう。

「さて、と」

いつまでもこうしてはいられない、残念だけど起こさなくては。
本来の目的を果たすため、二人を起こそうとしたC2はスザクの傍に和訳辞書が落ちている事に気がついた。
「?」
クイズの問題集と共に開き逆さまになっているそれを拾い上げ、何気に目を落とす。
沢山の規則正しい言葉の列のいくつかに上から蛍光色が塗られており、持ち主の熱心な勉強の後が窺えた。

そして、特にその後が強く残る箇所まできたC2の目が僅かに瞠目する。

「……これだから気になっちゃうのよね」


ひとりごちその部分にそっと指を滑らる。
そこには様々な国の言葉と一緒に、和訳文としてこう記してあった。






―――『あなたを愛しています』、と。

















昔そんなタイトルのドラマがありましたが、全く関係ありません。
他に候補として韓国、中国、ドイツ、フランス、スペインの同意味の言葉がありましたが、解りにくいかなと(題名の時点でバレバレだけど)イタリア語のを選びました。
毎度毎度スザクの扱いがあんまりなので、最初の思ったイメージを途中で変更し、随分違うものにしたのですが…。あんまり変わってないような気も…(汗)
C2も、もっと違うポジにしようと思っていたら、とても理解ある(?)お姉さんになりました。
題名も『お姉さんと猫』にしようか迷ったし、変更しまくりのお話でございますm(__)m

とある撮影所の風景

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