放課後。

部活に行くという山本と何だかんだ文句を言いつつも二人で生徒用玄関までやってきた獄寺は、自分の靴を取り出そうと下駄箱を開けて―――

「げっ」

小さく呟き、また閉めた。

「どうした獄寺?果たし状でも入ってたか?」

それだったら、何万倍マシだったか。
のんきに笑う山本を恨めしそうに横目で睨み付け、獄寺はもう一度今度はゆっくりと下駄箱の扉を開け放った。

そして、

「うわぁー、これはまた…」

「信じらんねぇー…。有り得ねぇだろう、普通」

中で待ち構えていたものを目にした二人の口からそれぞれの感想がもれ出でた。
彼らの視線の先、あまり大きくない四角い空間の中に下駄箱の中には赤やら青やら黄色やら。様々なラッピングのこれたま形も大きさも異なったブツが靴の占有権をまるっと無視し、ぎっしり詰まっていたのである。
さながらゲームオーバー寸前のチョコレートパズルゲームといった所だろうか。


「すげぇな、獄寺。モテモテじゃないか」

「あ?嫌がらせの間違いだろ、これ」

「嫌がらせって…」

容赦ない獄寺の発言に、さすがの山本にも苦笑いが浮かぶ。
だが、当人としては至極当然の事を言ったまでだった。
入れる側としては皆試行錯誤の末詰め込んだのだろうが、きっと先住している靴の事等、眼中に入ってないはずだ。すっかり埋もれ見えなくなっている靴の安否が非常に気がかりである。
そして、それに加え獄寺にはもうひとつ不快な事があった。

「何でわざわざ下駄箱に食いモンなんかいれんだよっ」

剥き出しではなにしろ、お世辞でも綺麗とは言い難い場所に口に入れるものを置いとくのは如何なものか。
獄寺の眉間に深いシワが刻まれる。

「まあ、そんな渋い顔するなって」

「んな事言ったって」

「くれたコたちだって好きでここに入れたわけじゃないだろう?」
今日はあいにく移動教室がなかったため、机や鞄に入れておく事が出来なかった奥手なコたちが仕方なく、一番人目につきにくいと思われる下駄箱に入れたのだ。

「大体、お前が素直に受け取らないから」

「んだよ、人を悪者みたいに。それならテメェはどうなんだよ」

「俺は―――」

ほらと、山本が手に持っていた紙袋を差し出したので反射的に中を覗き込めば、下駄箱の中と同様様々な色合いのラッピングで埋め尽くされていた。

「…いつの間に」

「せっかくくれるっていうのに、断るのは悪いだろう?」

天然って恐ろしい。

にっこり笑う山本を前に、獄寺は内心本気でそう思った。
こいつ自分の立場を解っているのだろうか?

「……成仏しろよ」

「え?」

「や、風紀委員に気を付けろって言ったんだよ」

ぼそりと呟いた声を聞き取れず聞き返してきた山本に、獄寺はそれだけ言うのが精一杯だった。
いや、何か、名前を口にしたら、本当に現れそうで怖いし。
とばっちりをくらうのは、本気でごめん被りたいので。

「そんないくらなんでも、風紀委員だって今日くらい大目に見てくれるって。つか、こういうことに関して厳しかったっけ?」


はい。本人、全くこちらの意に気づいておりません。
きょとんとしている山本に向かい獄寺は内心合掌し、とりあえず自分の直面している問題を片付けるべく改めて下駄箱に向き合った。
「十代目がいらっしゃる前になんとかしないと…」

不幸中の幸いな事に本日ツナは日直で職員室に日誌を出してくるから行くからと、今現在ここにはいない。
是が非でもこの間になんとかしないと。

「そんな悩む事はないだろ?人の好意は素直に貰っておけばいいじゃん」

「うるせぇんだよっ、テメェは自分の心配でもしてろっつうの。―――あ、そうだっ!!」
相変わらずどこか的外れな山本にがなった獄寺は、次の瞬間良いことを思いついた。

「そんなに言うなら山本、テメェに全部やる」

「は?」

「人の好意は素直に貰っとけ、だろ?」

「え、おい、獄寺!?」
人の揚げ足をとりにんまり笑いながら、獄寺は山本の持っている紙袋に容赦なく下駄箱のチョコレートを詰め込み始めたのだ。

「おいおい…。どうすんだよ、これ」

紙袋から溢れそうなチョコの山に、山本もこれにはちょっと困り果る。

「いいじゃん、全部食えば」

「お前なぁー」

人に押し付けその上無責任な当事者を山本は軽く睨み付けたが、だからといってくれたコたちの好意をこのまま放っておく事も出来ない。
やれやれと山本は内心呟き、溢れそうになるチョコを袋に押し込もうと改めて獄寺が強引に詰め込んだチョコに目を落とした。

そして―――、


「?」

押し込める手の動きが止まった。

「獄寺」

「…何だよ」

圧縮された靴の形を整えていた獄寺が面倒くさそうに声だけ返す。

「本当に全部いらないのか?」
「いらねぇ」


「本当に本当だな?」
「しつけぇなっ、さっきから何度言えば解るんだよっ!」

何故かしつこく念を押してくる山本に、苛立った獄寺は向き直って怒鳴り声を上げた。
が、それに対する山本の反応は獄寺の予想に反したものだった。

「…解った。じゃあもう俺からは何も言わないから」

憐れみというか可哀想にというか。とにかくそんな同情を込めた目で山本はそう言って、この話題は終わりとばかりに自分もさっさと靴を履き替え始めた。
「そんじゃ俺は部活に行くから。また明日な」

「あ、ああ」


何なんだ、一体?

しつこくしたかと思えばあっさり引き下がりり、そして去っていく山本の背をどこか腑に落ちない気持ちで獄寺は見送った。
訳がわからないヤツなのはいつもの事だが、何かが引っ掛かるような………。

「獄寺くんっ」

獄寺がそんな事を考えていると、日直の仕事を終えたツナが校舎の向こうから息を切らしてやって来た。

「ごめんね。随分、待たせちゃったよね」

「とんでもないっ!」
荒い呼吸を繰り返し謝るツナに、獄寺は慌てちぎれんばかりに頭を左右に振った。

「オレのためにわざわざ走って来て頂いて、感激ッス!!」

山本に対するときは打って代わった態度である。
その変貌っぷりは見ていて、そりゃあ、もう、いっそ清々しいくらに。

「この獄寺、十代目ためなら例え何十年だろうと待ち続けますよ!!」

「いや、そんなに待たなくていいから。…それよりもさ―――」

あっさり断られ肩を落とす獄寺には気づかず、ツナは下駄箱と獄寺を交互に確認し、それから言いにくそうに言葉を続けた。

「チョコ気づいてくれた?」




「へ?」

獄寺の動きが止まる。

「今日、おれ日直で先学校来たし人の目があったから中々渡せなくってさ。さっき掃除の時間にこっそりメッセージカード付きで下駄箱に入れておいたんだけど―――」


気づかなかったかと、ツナ。


「や、あのっ、か、母さんがね。イーピンやビアンキを手伝うついでに皆にもって。で、何故かおれもつくる羽目になって、だから、せっかくだからって―――、ああ、もうっ!何言ってるんだろ、おれ!?」

顔を真っ赤にしてあたふたするツナは物凄く可愛くて、ぎゅっとしたい衝動にかられる。
が、獄寺にはその前にやるべき事が出来た。


「…十代目」

「な、何?」

「この獄寺、十代目のために全てを捧げる決意に嘘偽りはありません」

急に真顔になり決意表明を語りだした獄寺に、ツナが何事かと瞠目する。

「獄寺くん?何を―――」
「ですので、あなたのお気持ち必ずや奪取して参りますっ!!」

「ダッシュって?あ、ちょっと、獄寺くんてばぁー」



「やぁーまーもぉとオオォーーー!!!!!!」



ツナが呼び止めるのも聞かず、獄寺は何故か山本の名前を叫びながら凄い勢いで走っていってしまった。

「えーと、どうしよう…」

後に残されたツナは呼び止めるために上げた腕をさげ、ポツリ呟いた。
山本の名前を叫んでいたということは、野球部に行ったと言うことだろうか?
だとしたら自分は追いかけていくべきだろうか?


「君、そこに突っ立っていると邪魔だよ」
「わっ!?ひっ、雲雀さん!!」

気配なく突然現れた雲雀に、ツナは驚き声が裏返りそうになった。

「聞こえなかったの?僕は邪魔だ、と言ったんだ」

「はいっ、すいませんっ」

どうやらかなり機嫌が悪いらしく、雲雀が制服の内側から直ぐ様トンファーを取り出そうとするのを目にし、ツナは条件反射よろしく端っこに飛び退った。
そんなツナを一瞥し、雲雀は獄寺が走りさったのと同じ方向へゆっくり歩いていく。


「ああ、そうだ」


ツナの前を通り過ぎ数歩後、雲雀は何かを思い出したかのように急に立ち止まった。

「君さっさと帰った方が身のためだよ」

「え?」

「僕は、どちらでも構わないけどね」

それだけ言うと、雲雀はまた歩き出した。


「…えーと」


雲雀の姿が見えなくなるまでその場で立ち尽くしていたツナは、またポツリと呟いた。

「えーと、帰ろう」

ツナはそそくさと靴を履き替え、真っ直ぐに校門へとその足を向けた。
門を出る際、遠く背後から罵声とも怒声ともつかぬ大声と、何かが破壊される音が聞こえてきた気がしたが、ツナは一切振り向こうとはしなかった。









本日の教訓
『人の好意にはちゃんと誠意を持って対応しましょう』後、『ご利用は計画的に』(笑)

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