赤茶けた岩場が剥き出しとなった荒野。
生けるもの気配はなく、凹凸の激しいその地形の間を抜ける風だけの寒々しい声だけが響き渡っていく。
見上げる天は遠く霞み、そこに一人立ち尽くしているだけで自分すら希薄に感じてしまいそうで―――…
眼前に広がる世界を陰鬱とした心持ちで見つめていたクラウドは、そこまで考えてひっそりと短息をもらした。
クリスタルを手に入れてからクラウドは時折仲間を残し、一人で考えるため行動するようになっていた。
それぞれの目的や夢を持ち戦う仲間たち。
そして、何も持たず戦う自分自身…。
戦いの中で戦う目的を探すと決めたクラウドだったが、どんなに自分自身に言い聞かせても心底から焦燥感が拭えないのだ。
せめて少しでも自身と向き合い、少しでも早く答えを見つけようとしているのだが。
荒涼とした丘から見渡す世界は果てもなく、クラウドにはどこまでいっても救いがないように見えた。
単純に一人になりたいからと、心配するフリオニールたちを残しこの場所に来たのは間違いだったかもしれない。
クリスタルの輝きに自問自答を繰り返しても見えないモノへの不安と孤独は消えず、その挙げ句クリスタルを手にした際にあの男の残した言葉が頭から離れないのだ。
ただでさえ考えれば出せるという答えではないのに、こんな陰気なで一人風に吹かれていては余計にまとまるものもまとまらない。
クラウドは引きずりそうになる思考を強引に打ち切り、仕方なくこの場から立ち去ろうと踵を返しかけた。
「っ!?」
瞬間、背後からクラウドをめがけ黒い影が襲い掛かる。
クラウドは反射的に後方に跳躍し難を逃れたが、かわりにほんの一瞬前まで自分がいた場所が剣で切りつけられた。
一体いつの間に…?
襲い掛かってきた一体をさっさと倒し、辺りを見回したクラウドは現状にチッと舌を打ちならした。
周囲は自身が気づかぬうちに大勢の虚像の兵士―――イミテーションたちに取り囲まれていたのである。
そして、今自分がいる場所が丘と言うことは後方はもちろん崖なわけで、逃げ道はないに等しかった。
「…やれやれ」
どういうカタチであれ考えに没頭し過ぎていたようだ。
クラウドは呟きをもらし、仕方なさそうに自身の身の丈程もある大剣を身構えた。
逃げ道がなければつくればいいだけの話だ。
形勢的には完全に不利だがいくら奴らが大勢いようと味方や敵の劣悪なコピーだ、ここで負けてはいられない。
クラウドは躊躇なく、軍勢の中に真っ向から切り込んでいった―――
向ってはくるが皆一様に瞳に生気なく、戦うに必要な意志や覇気というものが感じられない。
苦戦なく次々軍勢を蹴散らしながら、クラウドは思っていた。
一対一の時もそうなのだが、指揮官なく大勢で来るとそれは顕著にだ。
複数の同じような味方の顔が何の策もなく同じように襲い掛かって来られるのは、はっきりいって胸くそが悪い。
こういうのを人形、と呼ぶのだろうか。だとしたら、自分の事を人形とそしるあの男には自分はこう見えているのだろうか―――?
「くっ!?」
そんな事を考えてしまった因果か、最後に残ったのはよりにもよって『あの男』のイミテーションだった。
偽物だと解っていても、あの傲慢な顔と相対していると思うだけで自然と表情が渋くなってしまう。
当然、力は本物に遠く及ばず、すぐに勝敗は決した。
が、事が起きたのはその直後であった。
「!?しまっ―――」
攻撃の余波で、体が崖より先の空中に放り出されたのだ。
恐らく体に余計な力が入り過ぎていたのだろう。気づいた時には体はすでに落下の途にあった。
咄嗟の事に受け身も間に合わず、クラウドは次にくる衝撃に備え固く瞳を閉じた。
しかし、数秒たっても予想した衝撃は訪れなかった。
もしかしてあまりの激痛に感覚がマヒしているんじゃないだろうか?
クラウドは恐る恐る目蓋を開いてみた。
「…何故、貴様がここにいる」
開口一番に出たのは、そんな言葉だった。
気付けば自身はあの崖の真下に佇んでおり、その少し離れた場所で黒き片翼を背にした男が岩場に寄りかかってこちらを見つめていたのだ。
あれはイミテーションなんかじゃない。
あの蒼白く輝く双眸を自分が見間違えるはずはなかった。
クラウドは警戒を顕に男を睨み付けた。
何故、崖から落ちたはずの自分がほぼ無傷で立っているのか。
理由は、考えたくもない。
だが、そんなクラウドを嘲笑うように男は動き出した。
「お前は私だ」
うっすらと口の端に笑みを浮かべ、男はゆらり、と。
一歩、また一歩。
銀糸の髪を揺らし、長身にもかかわらず音もなく近づいてくるその姿は威圧的で。
「必要なのは理由ではない。お前も解っているはずだ」
跳ねる鼓動。
じりじりと距離を縮めてくる存在に警戒しているはずなのに、まるで金縛りにあったかのように身構える事はおろか逃げることすら出来ない。
一体、自分はどうしてしまったのだろうか?
困惑するクラウドの眼前にやって来た男はその白く長い指先でクラウドの頤を弄ぶように撫ですさり、無意識に震えぬよう噛み締めていた唇を緩かになぞった。
「何を、恐れる?」
「……恐れ?」
耳元で囁かれた声音に粟立つ心を悟られらぬよう、発したはずの声は自身でも驚くくらい、ひどく弱々しいものだった。
思わずクラウドが顔をしかめれば、それとは対照的な表情で男は満足そうに頷いた。
「そうだ、お前は恐れている」
なんと不遜な物言いだろうか。
人の全てを見透かしていると言わんばかりに、嘲笑う。
その男の態度に瞬時に心底から怒りが沸き上った。
「俺は恐れなど―――」
だが、抗いの言葉は直ぐ様途切れた。
「っ、ぅん」
クラウドの開いた唇に素早く男の柔らかく冷たいそれが重なり、口腔に侵入したものに内側から熱く激しい快楽を無理矢理注ぎ込まれていく。
自身の全てを凌辱し支配するような一方的なその愛撫。
それは彼の存在そのもののようで―――
「…お前は私だ。そして、私はお前だ」
くちゅん、と濡れた音を立て離れた唇から吐き出された吐息は予想以上に甘かった。
「私が、何に恐れる必要がある?」
艶然と微笑む腕に力なくしなだれる四肢が重い。
その温もりに本能が理性を遠ざける。
「お前の恐れ私が拭い去ってやろう」
「!?」
首筋に這う濡れた感触に、反射的にクラウドの体が竦みあがった。
「敏感だな。…それとも待ち望んでいたせいか?」
反応に耳元を掠める息が弾み揺れる。
違う。こんな事、俺は望んじゃいない。
沈みかけた理性を何とか引っ張り出し、クラウドは抵抗を試みようと必死で身じろいだ。
だが、結果的に眼下で揺れる銀糸に逆に身動きを封じるよう、より強く抱き込まれてしまう。
「無意味だな」
男は呟き、戒めとばかりに服の上から直接素肌へと、指先を滑らせ撫で入れてきた。
背中から滑り込んで来た指は更に脇腹から臍へ。周辺を丸く撫で、更に下腹部へとその侵食を深くしていく。
「お前に恐怖よりも深い快楽を、その身に刻んでやろう」
嫌だと思った。こんなのは嫌だと。
けれど、絶望と陶酔が入り交じった心が、体が、拒めない。拒もうとしてくれない。
「さあ、私の手の中で、存分に啼くがいい」
クラウドの凝り始めた熱に指を絡め、男は心底楽しげに笑った。
「―――ドッ、おい、クラウド!!」
「………フリオニール?」
呼ばれ声にうっすら瞳を開れば、そこには良く見知った仲間の姿があった。
「良かった…。気がついたか?」
目があった途端、フリオニールから安堵の息がもれいでる。
上から見下ろすそれに、どうやら自身は地面に横たわっているらしい。
「どうして―――」
「待て待て。急に起き上がるな」
自分の身に何があったのか?
すぐには思い出せず起き上がろうとする体を、慌ててフリオニールが止めた。
クラウドがそれに対し怪訝を浮かべれば、何故か当惑したような表情が返ってくる。
「クラウドお前あの崖から落ちて倒れていたんだろう?体は平気なのか…?」
「崖?」
言われフリオニールの視線を追ったそこには結構な高さの崖があり、その天辺あたりに今しがた崩れたばかりとおぼしき箇所が見えた。
ああ、そうか。自分はあそこから落ちたのか、そして―――…
「!?」
瞬間、おぼろ気だった記憶が一気に甦る。
「……なあ、フリオニール。俺は一人だったか…?」
「クラウド?」
「答えてくれっ、ここには俺一人しかいなかったか!?」
「あ、ああ…」
いきなり起き上がったと思ったら詰め寄らんばかりのクラウドの勢いに、フリオニールは瞠目しつつも頷いた。
「見つけた時、お前以外誰もいなかったが。何かあったのか?」
「いや、別に。それならいいんだ…」
フリオニールから返ってきた答えに、一変しクラウドは俯き力なく首を横に振った。
あれはきっと夢だったのだ。
「…顔色が悪いな。やはりどこか打ったのかもしれないな」
「そう、かもな」
改めて自身の身なりを見ても乱れだ様子はない。
あれは恐らく落ちたショックで心の迷いが見せた、歪んだ悪夢だったのだろう。
そうに違いない。
「待ってろ、今すぐポーションを持ってきてやるからな」
「あ、フリオニール、ちょっ―――」
「セシルとティーダも呼んでくるから、すまないが少しそこで待っていてくれ」
絶対無理はするなよと念を押し、フリオニールはクラウドの返事も待たず、さっさと駆け出しいってしまった。
心配してくれるのは有り難いのだが。
遠ざかる彼の背を見つめ、クラウドは上げかけた腕を下ろし苦笑いをもらした。
とりあえずここは言われた通りに待っていた方がいいだろう。
そう思い、まずは辺りを見回し自身の大剣を探す。
さすがにここら一帯のイミテーションは全て倒したとはいえ、いつまた急に襲われるか解らない。
探し始めてすぐに大剣は見つかった。
フリオニールが置いといてくれたのだろう、手近の岩場に立て掛けてあるのが視界に映った。
クラウドは何とはなしに手を伸ばす。
そして、手に取ったその時―――、
「!!」
目の前に黒いものが飛び散った。
栓がしてあったものが吹き出すように舞い上がり、ヒラヒラ、と。
「な、んで…」
男と同じ星の命を宿した瞳の前で、黒羽が音もなく舞い踊る。
それは悪夢の残骸としか言い様のないものだった。
『忘れるな』
羽が指し示す、モノ。
悪夢は悪夢ままでいる事を拒み、否応にも現実という刃をクラウドの喉元に突き付けてくる。
唐突に自身の肌を滑る冷たい指を思い出したクラウドは必死に頭振った。
だが、消したくても傲慢なあの男の残像が頭から離れない。
「セフィロス……!!」
黒羽降る中、クラウドは苦々しげに男の名を呼んだ。
空耳にも書いたんですが、とにかく本編のセフィロスさんのアレぶりがもうアレなんでwww
頭の中で最初真ん中あたりが出来上がってしまったんですよ( ̄▽ ̄;)
で、思ったより長くなったんで、それならいっそとちまちまつくったわけです。
この二人だからこそ、こういう関係になるんだよなぁ…。
他のメンツでは基本装備がギャグしか思いつかないんですよね〜。
それも出来たら追々、っつ〜事で。
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