「獄寺くんは僕のどこが好き?」


重く垂れ込む灰色の空の下、冬の冷気とはまた違う予期せぬ爆弾投下に獄寺は笑顔のままギシリと凍りついた。
放課後のいつもの帰り道。
部活にいそしむ山本を邪険に追い払い、やたらと部に勧誘しようとする笹川兄をくぐり抜け、敬愛する十代目との貴重な二人だけの時間を彼は今の今まで深く考えず噛み締めていたのだが…。
「獄寺くん…?」
怪訝そうに自分を見つめるツナに小動物的可愛さを感じつつも、獄寺は停止した脳を何とか稼働させようと試みた。


フリーズ中


フリーズ中


フリーズ中


フリー……(´Д`)

「…………はい?」
そして、ようやく再起動した獄寺の口から出たのは、何とも情けない声だった。
「もうっ、人の話ちゃんと聞いてたの!?」
獄寺の間の抜けた応答に、ツナは拗ねた口調で唇を尖らせる。
いや、聞いてたからこそのリアクション何ですけど…。
内心獄寺は思ったが、さすがにこれ以上自分の株を下げたくないので、慌てて聞いてましたと首をふった。
「や、あのっ、十代目のどこが好きかですよね!?」
「獄寺くん声が大きいってっ!」
だが、周囲をはばからない声に逆にツナから怒られてしまい、獄寺はすいませんと肩を落としてしまう。
気まずい空気が二人の間を流れる。


「……だって、オレ駄目ツナだし…」

ぽつりと、声。

小さな呟きにつられて見れば、そこに傍らでうつ向く横顔が。
「頭も悪いし運動も出来ないし、ドジで弱虫で…。何でみんなオレなんかと好き好んで一緒にいてくれるのか解らなくて」
「十代目……」
伏せられた瞳が不安なその心情を物語っていた。
勉強も運動も、何をやっても全然駄目で。いつからか、それが当たり前なんだと、望む前から諦めるようになっていた。
自分はそういう人間だから、そう自身に言い聞かせて。
「オレが、ボンゴレの十代目、だから何だよね?」
それがなかったら、きっと誰からも見向きもされなかったはずだ。多分、絶対。
…特に獄寺くん、は。どう考えても今の関係は有り得なかったと思う。
だから君に聞いてみたかった。
何のために君は僕の傍にいるのかを。
けど―――

ツナは自身の顔の前でパンと、手を合わせた。
「ごめんっ、やっぱり今のなし。忘れて」
「じゅ―…」
「馬鹿だよね、そんな事を聞くなんて。いやぁ冬って人恋しい季節って言うけど、本当だよね?」
獄寺の声を遮り一気に捲し立てたツナは、態度を一変させこれでこの話題はおしまいと言わんばかりに、逃げるように歩調を速めた。

獄寺は離れていくその背を見つめ、それからおもむろに空を見上げた。
鉛色の陰鬱さは心をも押し潰しそうで、獄寺は思わず大きく息を吐き出した。
凍えた空気の中に白い息が溶けて消える。
それは束の間の交差。見えないものが垣間見せるカタチ。
心も、同じならいいのに。
獄寺は思う。
ほんの僅かでも自分の心が想いがあなたの目に映れば、不安なんて絶対させないのに…。

「優しい所です」

先を行くツナの足がピタリと、止まった。
「十代目の素直で優しい所が俺は好きです」
その背中にもう一度、はっきりと獄寺は繰り返し告げた。
誰かに何かを伝えるのは正直苦手だ。
心を語るには言葉は薄っぺらで、曖昧なものだ。どんなに強く固く深い想いも、その逆も、同じ言葉でくくられてしまう。
歯痒さばかりを募らせる、音の羅列。
それでも―――
獄寺はゆっくりとした足取りでツナに近づいていて行った。

「な、何かそれってさ、無難な誉め言葉だよね?可もなく不可もなくって感じ?」
ツナは振り返らずに、自身の質問に対する返答を茶化し笑い飛ばそうとする。が、その声はぎこちなく、笑いは力ない尾をひきすぐにしぼんでいった。
こんな時ですら、自分は上手く偽れない。
それがたまらず情けなくて、項垂れる肩が小刻みに震える。
「…いいよ。そんな気を使わなくても、オレは―」
言いかけた唇にひやりと、乾いた感触が落ちた。
「あなたは、ダメ何かじゃない」
いつの間にかツナの目の前に穏やかに微笑むが獄寺が立っていた。
「お願いですから、ご自分を蔑む発言は止めてください。じゃないと、俺が悲しくなります」
人差し指を唇にあてがわれたツナは、黙ってじっと獄寺の目を見つめていた。
けれど、その瞳はひどく物言いたげで。
獄寺は内心苦笑をもらしつつ、人差し指を引っ込めた。
「あなたがボンゴレの十代目だという事は、確かに俺にとって、重大な事です」
聞きたかったけど、聞きたくなかった答え。
獄寺のその言葉に、ツナの顔がくしゃりと歪む。
獄寺はそんなツナの反応を予測していたので、慌てることなく直ぐ様、けど、と先を続けた。
「それは俺があなたに出会うための、きっかけという意味でです」
「きっかけ…?」
怪訝に聞き返すツナに、獄寺は頷く。
「あなたが十代目だからじゃなく、十代目があなただったから俺は傍にいるんです」
もし、ボンゴレの十代目がツナじゃなく他の誰かなら、今自分はここにはいなかったと獄寺は断言出来る。
「最初に俺が十代目に突っ掛かって行った時、あなたは攻撃してきた俺を体をはって助けてくれました」
「あれは…成り行きで…」
口の中でもそもそと呟くツナに、獄寺は緩く首をふった。
「例えそうだとしても、俺には凄く嬉しかった」
周りから疎まれ、自らもそんな周囲に反発していた自分には誰もいなかった。
利用するかされるか、そんな世界だ。誰かを信じるとか守るとかなんて、自分には関係ない話だと思っていた。
なのにあの時、獄寺はツナに結果的とはいえ守ってもらい、嬉しいと素直に思えた。
そして、同時に誰かに感情を波立たされるのを煩わしいとしか思えなかった自分の変化に驚いていた。
もっとこの人の事を知りたい。
何の利害もなく抱いたその衝動が獄寺にとって全ての始まりだった。
「…あれからずっと十代目の傍で、俺は色んな十代目を見てきました」
自身の弱さに迷い苦悩する姿も、それを乗り越え決意した際の強さも傍でずっと。
「…もし、もしもですよ?その途中で十代目がご自分で言うような人間だったら、俺はここにいませんよ?それは俺だけじゃない、他のヤツらだってみんなそうです」
「…うん」
その言葉を信じたいけど信じられるほどの自信がなくて、それがまた新たな不安を呼んで。
大体そんな感じだろうか。
まるで迷子の幼子のようなツナの表情に、本当に解りやすいなと、獄寺は内心苦笑を噛み締めた。
ツナは自分の感情に真っ直ぐで嘘がつけない、思っていることが全部顔に出てしまう。
獄寺はそこはツナの利点だと思っている。
だからこそ、その言葉も行動も真っ直ぐ相手に届くのだと。
しかし、計算も保身もない、自分の為ではなく人のために動けるという事の凄さに、本人は全く気づいていない。
それは一種の才能だと思うのだが、本人意識してやっているわけではないから、多分言っても解っては貰えないだろう。
それこそが人が彼に惹き付けられる要素の一つなのだと、そう考えている獄寺の心境は複雑だ。
獄寺は極力相手にプレッシャーを与えないよう、柔らかく笑んだ。
「…信じて欲しいとは言いません。ただ、今はそれを知っておいて下さい」
「うん」
今度はしっかり頷いてくれたツナに、獄寺は意識せずホッと安堵の息をもらした。
「…じゃあ、帰ろっか」
「はい」
どこか照れ臭そうなツナに促され、二人は歩き出した。
他愛ない会話に笑うツナは、先程より穏やかな様子に見えた。
今は、とりあえずこれでいい。
同じく笑いながら獄寺は思う。
不安が全部なくなったわけではないけれど、後は時間をかけて少しずつ消していこう。

大丈夫、焦らなくていい。

まだ、先は長い。



「あ、そうだ」

途中、獄寺が何か思い出しのか獄寺が声を上げた。
「十代目!」
「何?」
呼ばれたツナが歩きながら振り返る。
そのツナに、獄寺は満面の笑みを浮かべて言った。
「俺、さっきあえて素直で優しい所って言いましたけどそれだけじゃなくて、それも含めて良い所も悪い所も全部引っ括めて、十代目の全部が大好きですからね!!」
だからずっとお傍にいさせて下さいね、と。
全部は無理でも想いの欠片くらい伝わって、十代目が少しでも安心してくれればいい、そう獄寺は願って。
「………………」
「?…十代目?」
しかし、次にツナがとった行動は予想外だった。
「…十代目?え?ちょっ、ええっ?」
最初、ぽかんとした表情で獄寺の顔を見つめていたツナだったが、何故かその足はジリジリと獄寺から離れていき、ある一定の距離になった途端、突然走り去ってしまったのだ。
いきなりの展開についていけず、獄寺は狼狽する。
「待ってくださいよ、何で逃げるんですか!?」
傍にいさせてほしいと言った矢先にダッシュで逃げられ、獄寺は慌てて後を追いかけていった。


「十代目〜〜〜」

寒空の下悲しき叫びがこだまする。



獄寺は気づいていなかった。自身が放った言動にどれほどの威力があったのかを。
そりゃあ見てるこっちが恥ずかしくなるほどの、激甘スマイルで熱烈な告白(?)をされたら、いくらツナだって居たたまれない。
思わず逃げ出したツナの顔は、猛烈な恥ずかしさから耳まで真っ赤だったのだが…。



「何か俺気に障る事言ったなら、謝りますから〜」


それを言った本人が気づいてないものだから、余計に質悪し。


いや、うん。伝わらないどころか、バッチリ伝わりすぎる程伝わったよ?

良かったね!!









本日の教訓
『目は口ほどにものを言う』(笑)

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