□ドール
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(1)一人ぼっち 瓜二つ


錆びた機械が、奇妙な音を出しながら震えるのを、シアは忌々しそうに見ていた。

「・・・・だから嫌なんだ。オンボロ工場に来るのは」
ここは、機械国メレシアの首都、機械都市カルにあるこの機械同様錆びた工場だった。

14歳ながら、機械技師としての才能をきらめかせるシアは孤児院の推薦でこの工場に来ていた。

「そんなこと言わないで下さい・・・」
少し前から居たという見習い技師がシアの愚痴を聞いて、げんなりと言った。

「はぁ・・・言った所でボクにはどうしようも出来ないんだから、言わせてよ」

シアが最後に出た孤児院は、シアの手先の器用さを見て仕事を紹介してくれた。

そもそも孤児院から仕事を見つけてくれるのは稀で、しかもシアの14歳という年齢では仕事を探すのは困難だ。

だから、喜んで仕事を受けたのだが・・・。

(機械はすぐ壊れる、人手不足で入ってきて突然総監督補佐なんて・・・・)

でも、他に仕事候補も無いのだから仕方ない。

シアは、頭が痛いという感じにこめかみをギュ、と押す。

「ところで、この熱さをどうにかできないの?」

こめかみを押しただけで手袋に染みた汗を見て、顔をしかめる。

最近、冬が夏みたいな暑さになるなど気温上昇の異常気象が多発しているのだ。しかも、それだけでなく火山には原因不明の爆発が起こっている。

(この世界も、長いからなぁ。出来てから何千年、何十億年も経ってるんだろうなぁ)

シアは灰色の天井を見上げる。しかし、シアはその向こうの空を見ていた。

長すぎる繁栄も終わりはある。例え、それが世界の崩壊という形でも。

(もうちょっと、平穏な終わりがいいけど・・・)

このままでは、生殺しに近い。

「熱すぎるから、機械にガタが来てるのかもね」

シアが首をすくめる。見習い技師は暑そうに手を振った。

「はぁ・・・そうかもしれませんね・・・」

「そういえば、裏のカルセシム神聖国も異常気象が凄いらしいね」

この世界には、二つの地域と三つの国がある。

魔神シアルマの加護を受け、全てが機械で起動する国 メレシア機械帝国

聖神イクマナに仕え、一つの大教団―レシム教団を中心に動く国 カルセシム神聖国

霊神ルセニレンの加護を受け、他の国と全くかかわらない謎の国 ルセニア民族連合国

加護の無い、魔物の巣窟と化した西の地

東の果ての、昆虫の住む島

見習い技師は肩をすくめた。

「またどうせ、神がお怒りだ・・・とか何とか言ってんでしょう」

「そうだろうね」

そう答えたシアだが、メレシアとカルセシムの対立を苦々しく思っていた。

(ただ、大陸とか、海とかに線を引いただけなのに)

考えが同じ者が集まって、国の原型が―基礎が―できる。

(考えが違うだけなのに)

「まぁ良いさ」

ボクの仕事には関係ない。そう、シアは思った。

「何がです?」

(独り言が聞こえちゃったか・・・・)と、シアは心の中で舌を出す。

「君には関係ないさ。さぁ、このオンボロを直さないとね」

いつもの毎日と変わらない今日を、シアは楽しんでいた。

―――

影。はっきりとした邪気を持った影だった。

「もう、アイツを引き込むのは無理そうだね」

「あぁ」

影が、言葉を交わす。一人は諦めたように、もう一人は無関心のような声。

「処分するしかないな。使い物にならない人形は」

「・・・・そうだね」

邪気に乱れが出来た。

「情が、移ったか・・・?」

「そんなこと!・・・無いさ」

影の一つは感じていた。アイツを処分する事をもう相棒は躊躇している。

(決めた事だ。・・・我々の復讐のために、犠牲は必要だ)

影は、自分の相棒を見やる。相棒は、静かに頷いた。

―影が、動き出す―

―――

一瞬、全身に鋭い痛みが走った。

「い、ったい・・・・」

シアが呟いた直後、凄まじい爆発音が響いた。

(!)

シアの体が反応するより早く、光と熱風が襲ってきた。

―――

「うっ・・・・・いって・・・」

目が覚めたのは、星の煌めく夜。

丁度、シアは瓦礫の下に居たので、大きな怪我は無かった(かなり重いが)。

しかし

シアの倒れていた場所は、何も無い荒れ野だった。

うつ伏せたまま顔を上げて上目で見回すが、あるとすれば無数の瓦礫と、枯れかけた草だけ。

「どうしよう・・・・爆発でワープホールが開いたのかな・・・」

そうでなければ、なんだというのだろう。

「これから・・・どうしよう・・・」

シアは瓦礫から必死で這い出て、痛みをこらえながら立ち上がった。

何か役に立つものは無いだろうか。と、持ち物を全て出してみる。

武器として使っている、短剣。

回復薬として出回っている飴。

機械整備のため、持ち歩いている道具。

後は、わずかな金―シルド―。

「はぁ・・・このまんまじゃ、先は真っ暗だよ・・・・」

シアが落ち込んでいると、耳障りで奇妙な鳴き声が聞こえた。

ガー、ガー

そして、バサバサと大きな羽音。

「まさか・・・・」

見えた影は、大きな鳥の魔物。

「くっ・・・!」

所持品をすぐしまいこみ、短剣を構え、魔物を待ち構える。

魔物は、最初から目を付けていたのか飛んだまま急降下するようにシアを襲った。

「うわっ」

攻撃をギリギリでかわして、態勢を整える。

頬には小さな傷が出来た。一筋、血が流れ出す。

(よく引き付けて、短剣を叩きこむんだ)

気持ちを落ち着けて、早鐘のように鼓動する胸を抑える。

短剣は、軽く扱い易いが攻撃範囲が短い。と、昔教わった。

魔物はどんどん迫ってくる。

時間が、酷く遅く感じられた。

魔物が間合いに入ってきた。全身に戦慄が走る。

「・・・・っ牙突剣!!!」

短剣の特技を思い切り魔物に当てた。

魔物の額に短剣は突き刺さり、手には嫌な感触が伝わってきた。

倒した。

その実感が突然湧いてきて、シアは倒れるように座り込む。

しかし、魔物は消え去り、またシアだけが荒れ野に残された。

(ここから移動しよう)

何も見えない荒れ野のど真ん中、助けは望めないだろう。

シアが立ち上がった、その時。

「君は・・・・」

今まで気付かなかったのは、魔物と戦っていたからか。

振り向いた先に見えたのは、自分と瓜二つ、同じ年ぐらいの男の子。

「!!!」

「!!!」

相手も気付いたようだ。

ただ、顔立ちが似ているだけではない。目の色も、目つきも、髪色も、背の高さも・・・・。

違うのは、髪と、服装と、手にもった杖。

それ以外は、ぞっとする程そっくりだ。

「なんで・・・」

ただ驚くシアだが、相手は逆に新しいものを発見した子供のような顔をしている。

「君の両親は生きているの?」

そして、突然変な質問投げかけてきた。

「ちょ、待ってよ。その前に名前ぐらい教えてくれよ」

瓜二つの少年は、ハッとしたように頷いた。

「そ、そうだねゴメン。ボクはイク。君は?」

「ボクはシア。さっきの質問に答えるよ。ボクの両親は戦争で死んだんだ」

すると、イクの晴れやかだった顔が陰った。

「そうか・・・・両親は亡くなっていたんだね」

申し訳ないと思っているのか。

「気にしてないよ。それより、ボクの質問に答えてもらえるかな」

気にしてない。その一言で安心したように、快く頷いた。

「うん。わかった。で、質問って何?」

「あうっ・・・もう解ってるかと思った。なんで君とボクが気味悪いほど似ているって話なんだけど」

「・・・ボクの両親も亡くなっているんだ。だからもしかしたら生き別れの双子・・・かもしれない」

イクの思わぬ回答に、シアは驚いた。しかし、なんとなく納得できた。

「そういう事にしておこうか。それより・・・・この荒れ野からどうやってでるんだい?」

「大丈夫。ここからそう遠くない西の方角に小さな村があるんだ。ボクも其処に行くから、一緒にどう?」

仲間がいるのは心強い。シアは同行に賛成した。

「でも、明日にしよう。夜は危ないからね」

「うん、ボクも賛成だ。疲れたし、怪我しちゃったし」

「?怪我してるの?見せてくれないかな」

「いいけど・・・」

上着を脱ぐと、夜のひやりとした空気に身震いした。

「火傷もあるし、切り傷も・・・待ってて。そのぐらいならすぐ治せるから」

「・・・・?どうやって」

「大丈夫」

そう言うと、イクは何か小言のようなものを言い始めた。

「・・・・・・・を癒したまえ」

回復術らしい。患部に光の粒が集まったと思うと、怪我も痛みも跡形も無く消え去った。

「君は・・・・ヒーラー(治癒力を操る者)なんだ」

「いや、違うんだ。今のは回復術じゃない。術だったら、術の名を詠唱後に言わなくちゃいけない」

「じゃあ今のは」

「祈りだよ」

少しあった違和感の正体が判明した。

「君のその服装、祈りの治癒・・・君、カルセシム神聖国の人だね」

「そうだけど・・・って君の服ももしかして」

「ボクはメレシアから爆発の影響で開いたと思われるワープホールに巻き込まれてここにきた」

イクはシアの話を聞くと、凄く焦り始めた。

「それじゃあかなりマズイじゃないか!!!ここはカルセシムのギリム荒野なんだ。たとえ偶然でも、不正入国したことになってしまう」

「たしかに・・・まずいね」

考えていると、イクが何かを思いついたように手を叩いた。

「・・・双子だって言えば、何とかなるかも」

「服が違うよ」

「服ぐらいなら、村で買えるんじゃない?」

しかし、所持金がほとんど無い。

「お金ないんだけど・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・・」

「帰りの船代しかなくて・・・・・」

イクは申し訳なさそうに頭を下げた。

「べ、別に大丈夫だよ!?」

「・・・・うん、本当にゴメン・・・・・・・あ」

「・・・、?」

「この辺なら魔物がお金落とすんだった」

「良かった・・・・」

シアは安心したように息をつき、続けた。

「じゃ、しばらくカルセシムの服装か」

「普通の服も売ってるよ。えーっと・・・ボクの服みたいな服じゃないから」

「じゃあ、君の服は?」

問い掛けると、イクは少し胸を張って答えた。

「ボクはレシム教団の大神官なんだ」

「・・・・凄いね、君」

「君は何をしてるの?」

「ボクは、機械工場の総責任者補佐やってる」

「君も凄いじゃないか!」

「いや・・・・半強制的なんだけど・・・」

シアとイクは、眠くなるまで火を焚き、座り込んで自分のこと、自分の国のことを話していた。
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