【夢語り】
□黒服のかまいたち 第六章〜彼方に響きし笛の音は〜
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開け放たれた窓から流れ込んでくる風が生暖かい。ねっとりと纏わりつくような、不快感を与える瘴気を含んだその風が、ここが現世ではない事を告げている。
部屋に備えられたベッドに片膝を立てて座り、窓の外へと視線を移す。
観音開きの窓の下に広がるのは、地の果てまで続く荒野と、その荒れ果てた大地に不釣合いな朱色の建物。何処か懐かしい気持ちを湧き起こさせるその建物の屋根が遥か彼方に臨め、今自分がいる塔の最上階の部屋がいかに高いかを物語っていた。
まるでお姫様になった気分だと、ふと浮かんだ思いにその口元に皮肉気な笑みを刻む。
出口は部屋の扉と窓の二つ。螺旋階段へと続く扉には幾重にも鍵が掛けられ、唯一残された窓からは遥かに地面が遠い。
現実問題としてこの部屋から出る手段がないこの状況では、“囚われのお姫様”というのもあながち間違ってはいなかった。それでも、“お姫様”という柄ではない事だけは確かだが。
時間の感覚のない閉ざされた空間でそんな下らない事をつらつらと考えていた仁(じん)は、唐突に襲った痛みに息を詰めて胸元を押さえた。
厭な咳が口をつく。喉の奥から錆びた鉄の味が込み上げてきた。
しばらくの間激しく咳き込み、落ち着きを取り戻しても胸の痛みは消えてくれない。口を押さえていた左手は赤く染まり、ぐらりと世界が揺れた。
体を起こしているのが辛くなり、仁はベッドに身を投げ出す。瞳を閉じ、空咳を繰り返した。
体の中で胎動する『力』がある。いくら抑え付けようとしても、溢れ出した濁流を止める術(すべ)がないように、もう仁自身にもこの『力』の奔流を止めることは出来なかった。
ぶつかり合う二つの『血』。封印の鎖が解かれるまで、そう時間は残されていないだろう。
覆せない事実にいつまでも固執している程愚かではない。解き放たれるというのならば、その『力』を扱えるだけの体力を残しておかなければならなかった。
この部屋を…いや、この擬似世界そのものから抜け出す事は造作もない。この身に廻る五行の力の全てをぶつけるだけでいいのだから。
逃れる術を持ちながら尚仁が行動に移さないのは、いずれ訪れるであろう『血』の開放に備える為だった。
それでも…。
疼くような胸の痛みが。血に染まった左手が、弱気にさせる。
未だかつて、一度としてなかった『血』の開放。人間(ひと)の身で扱うにはあまりにも強大過ぎるその『力』を、本当に自分は扱うことが出来るのだろうか。
己の血で染まった左手を握り締め、沈みそうになる意識を繋ぎ止める。
扉の鍵が開けられる音が響いた。一拍置いて、内側に開かれる。
「珍しく、起きてたんだね」
上から降ってきた声に薄く瞼を上げれば、自分と同じ色の瞳と出会う。