【夢語り】

□黒服のかまいたち 第六章〜彼方に響きし笛の音は〜
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「君って、本当に強情」

 ベッドに横たわる仁の、血に染まった左手に視線を遣った祇紅(しぐれ)は苦笑いを浮かべた。身を屈め、こちらに背を向ける形で寝ている彼女の手を持ってきたタオルで丁寧に拭う。真っ白だったタオルが、瞬く間に赤くなった。

「抗うから苦しいんだよ。素直に受け入れてしまえばいいのに」

 ベッドが沈む。傍らに座った祇紅が肩を竦めたのが気配で伝わってきた。
 再び瞳を閉じ、胸の痛みにそれでも仁は淡く微笑む。

「…呆れた。何処まで自己犠牲的なら気が済むんだろうね。そこまで生き方が下手な人もそういないと思うよ」

 天井を見上げ、祇紅は深い溜め息をつく。

「…どうしても、失くしたくないものがあるから。…納得して欲しいとは、思わない」

 微かな呟きは、無音の狭い室内では聞き取るには充分な声量だった。
 天井に向けられていた祇紅の碧の瞳が動く。血で汚れたタオルが床に落ち、空いた手で仁の右肩を掴んで無理矢理正面を向かせた。仰向けの状態になった彼女の両手首を掴み、祇紅は驚いたように見上げてくる瞳をひたと見据えた。

「―――仁」

 呼びかけるその声音の中に怒りの感情を認めて、仁は大人しく次の言葉を待つことにした。

「世界なんてどうなっても構わない。人間達がどれ程死のうと関係ないよ。ただ、僕は…」

 手首を握る手に力が籠もる。

「僕は、君がいてくれるだけでいい」

 真摯な光を宿した瞳は仁から外されない。睨み付けるかのような祇紅の態度に、投げかけられた言葉に軽く目を瞠っていた仁は、彼の視線から逃れるように瞼を伏せた。
 開け放たれた窓から生暖かい風が吹き込んでくる。
 視界の隅で揺れる銀髪に、瞼を上げるのが怖い。きっとまだそこには、真剣な光を宿した瞳があるから。
 同じような言葉を、あの時も言われた。久しぶりに会った彼の真っ直ぐな心は昔と何ら変わらなくて、それ故に、肯定する訳にはいかなかった。

「…犠牲になんか、絶対させないから…ッ」

 耳元で囁かれた、懇願にも似た言葉に。
 仁は、息を呑んだ。

「絶対に、僕が守るから…」

 だから、どうか…。
 続かなかったその先の言葉。だからこそ如実に語られた彼の心。


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