海の誘い

Andante/下
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 部屋の扉がノックされ、母が顔を出した。

「まぁ、直輝さん。何処へ行くの?」
「何処って。仕事に決まってんじゃん」

 途端に、母の表情が厳しくなった。

「直輝さん。昨日のお父様のお話を聞いていらっしゃらなかったの?」
「聞いてたよ。だから何?」

 昨日、あの後、リビングに呼び出された直輝は、これ以上速都と関わることは許さないとはっきりと父に言われたのだった。
 しかし、だからなんだというのか。どうしてそんな事までいちいち親の許可を取らないといけないんだ。

「直輝さん。いい加減に…」
「速都の家が何だろうと関係ないよ。速都は、速都なんだ」

 そう。自分の知っている速都は、厳しくて冷たくて。でも、自分が困った時は、いつも傍にいて支えてくれて。
 速都は、そういう人間だった。はたから見れば、冷たいように聞こえる言葉も。鋭すぎる瞳の輝きも。直輝には、速都の優しさを感じることができた。
 困惑して部屋の入り口に立っている母の後ろで、扉が開いた。父が、無表情に近い顔で中に入ってくる。そして、直輝の格好を見るなり眉を寄せた。

「昨日私が言ったことを聞いていなかったのか?」

 先程母に言われた言葉を父の口からも聞かされた直輝は、うんざりだと言わんばかりに顔をしかめた。

「だから、聞いてたってば。でも、俺の気持ちは変わらないよ」

 両親を無視して部屋を出ようとした直輝の肩を、父が掴んだ。腕に力を込めて直輝を突き飛ばす。そして、父は母を連れて部屋を出ると、痛みに呻いている彼を部屋の中に残して鍵を掛けてしまった。

「え…?え――――!?」

 閉じ込められた直輝は、背中の痛みも忘れて絶叫した。その次の瞬間には、立ち上がって取っ手に手を掛けて引っ張る。が、やはり扉はびくともしなかった。

「父さん!開けてったら!」

 扉を叩いて叫んだが、返事はない。それでもめげずにしばらくの間粘ったが、効果はなかった。ついに諦めて、ベッドに腰掛ける。無意識のうちに溜め息が出ていた。
 閉じ込め。実の息子にここまでするとは。実の親ながら、呆れてしまう。


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