【感嘆】

□月明かり
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「あ!ほら、満月!」
 僕の言葉に、指先を追った彼女は東の空に昇り始めた満月にも特に反応を見せなかった。
「あんたって、あたしよりロマンチストだよね」
 呆れたように、そう言葉を返してくるだけの相手に気分を害する事もなく、僕はにこにこと笑った。
「だって、あんなに綺麗なんだよ?綺麗なものを見て、美しいと思う。その心は、決して恥じゃないと僕は思うな」
 夏よりも随分と日の短くなった、秋の気配を漂わせた夕方の空に浮かぶ満月の黄金の輝きに見惚れ、感嘆の溜め息をつく。
「昔は、今みたいに人工の光もなかったから。確かに闇を照らし出してくれる月は神秘的なものだったのかもしれないね」
 時が経つにつれて姿を変える月。されど、夜闇を行かねばならない者達にとって、空に浮かぶその輝きは今よりももっと優しく、暖かく感じられたのだろう。
 人工の光が溢れる都会の夜空でも皓々と輝く月は昔は夜の世界を悠々と泳いでいて、きっとその幻想的な光景は万語を尽くしても言い表せなかったのではないだろうか。
「だから、昔から多くの短歌や俳句に読まれてきたのかもしれないね」
 持論を展開し、ふと浮かんだ言葉に笑って。
「哀し夜 君の笑顔が 僕の月――なんてね」
 どんなに暗い夜でも、君が笑ってくれるのなら、僕は何処へだって行ける気がする。
 そう耳元で囁けば、驚いたように目を見開いた後、君は慌てて顔を逸らして。
「…馬鹿」
 照れ隠しの言葉にくすりと笑い、僕は赤く染まったその頬にそっと唇を落とした。



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