合わせ鏡
□それぞれの試練
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カーテンの引かれた窓の外が明るくなり、鳴き始めた鳥が朝の到来を告げようとも、リシャール不在の部屋のベッドのふくらみは起きる気配を見せなかった。昨晩ベッドに入る前に朝食はいらないと断りを入れてあったので、妨げるものの皆無な睡眠は結果として昼過ぎまで続く。
「あ―――・・・」
目深まで被った布団の中から頭を出したザイは、その瞬間目を射た陽光にその真紅の双眸を細めた。カーテンが引いてあるとはいえ、今の今まで暗闇を彷徨っていた視界には微かな日の光ですら直射日光に相当する。
しばらくの間ふかふかのベッドの中でもそもそと動いていたザイであったが、緩慢な動作で体を起こした。肩を流れた寝癖のついた絳髪を掻き、未だ眠たげな瞳が広い室内を一周する。
「…あ?リシャールの奴、結局帰ってこなかったのか」
港で別れてからというもの、姿を見せない相手にザイは呆れたように肩を竦めた。
恐らく、生贄に差し出されたアーロンを助ける為に奔走しているのだろう。乱れのない隣のベッドが、一睡した後に出て行ったのではなく、帰ってきていないのだという事を告げていた。
よくやる、とザイは思う。別に生死に係わるような事態ではないのだから、放っておけばいいものを。
どうしてそこまで他人の事に対して熱くなれるのか、ザイには不思議でならなかった。
「ま、他人を理解出来るなんて認識、傲慢以外のなにものでもないんだけどさ」
眠たげな表情はそのままで、紡ぎ出された言葉は絶対零度の冷たさを有していた。
「…ん?」
気だるげにベッドから降りれば、待っていましたと言わんばかりのタイミングのよさで部屋の扉がノックされる。適当にテーブルの上に放っておいた上着を引っ掛けて扉を開ければ、この宿の主人が立っていた。
「え…?あぁ…今夜もここで。あ…はいはい。代金ね」
追加料金を要求してきた商売魂の塊のような主人に欠伸交じりに応えて荷物に向かって足を進めたザイは、しかし数歩でその歩みを止めた。
「あのさ…」
振り返り、怪訝そうな顔をしている主人に、ザイは困ったような笑みを浮かべて見せた。
「代金、後払いじゃダメ・・・・・・ですよね、はい」
後払いという単語が飛び出した瞬間笑顔の主人の背後に走った稲光に大人しく観念することに決めたザイは、身支度もままならないうちに宿屋から放り出される羽目になったのだった。
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