合わせ鏡

□それぞれの試練
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「…ったく。リシャールの奴、金持ったままほっつき歩きやがって」

 手櫛で寝癖のついた髪をとかしながら、ザイは文句の矛先をここにはいない相手へとぶつける。
 旅を始めた頃は、ザイとリシャール、それぞれ半分の金額を所持していた。だが、ザイの考えなしの浪費癖を見かねたリシャールによって、所持金の殆んどを彼が管理することになったのだ。その事を、すっかり失念していた。
 一晩すれば戻ってくるだろうと思っていた自分の、リシャールという人間が有する熱意の認識の甘さに舌打ちをしたくなる。

「あ―――…今晩、どうすっかなぁ…」

 せっかく町にいるのに野宿なんて絶対ヤダしな―。かといって、何処にいるかも分からない金の所持者を捜し歩くのも、面倒なんだよな〜。
 洩れる欠伸を噛み殺しもしないで歩いていたザイは、昨日自分達が辿り着いた港に出て足を止めた。船の往来で活気を取り戻した港から臨む紺碧の海は先日までの騒ぎが嘘であったかのように凪ぎ、地平線の向こうにアヘナ大陸があるなどとは思えない。
 遥か昔。まだ天文学が発達していなかった頃、世界の果ては絶壁になっているのだと信じられていた事は、成る程。海と空を分かつ地平線を臨むこの場所に立てば納得出来る。確かにこれでは、世界は平面であると思えるだろう。
 しかし実際は、この地平線の彼方には、アヘナ大陸がある。

「あ、その手もあったか」

 無駄な思考が導き出した有意義な答えに、ザイはポン!と手を打つ。

「メレハ村に帰ればいいんじゃん」

 自分の家で寝るのに当然金などかかるわけもなく、質は落ちるとしても野宿するよりはマシだ。
 早速移動魔法を発動させようとしたザイの耳に、ふとその言葉は流れ込んできた。

「しかし、あの兄ちゃんも太っ腹だったよなぁ」
「あぁ、このメッシェ海を小舟で渡ってきた奴だろ?」
「そうそう、そのあんちゃん。いやぁ、昨夜は天国だったぜ」
「あんなに飲んで食べて騒いでも、全部あの兄ちゃんもちだったもんな」

 背後を通り過ぎ、停泊中の船へと歩いていく数人の男達の背を見つめる真紅の双眸が細められる。
 大声で愉快そうに語っていってくれたそれらを総合し、導き出される答えは一つだけ。


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