合わせ鏡

□第九話 第一の刺客
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 暗闇が消えて、ぼんやりとした光が映り始める。半ば無意識に重い瞼を上げていけば、焦点の合わない視界に高い天井が映った。状況を確認する為に、視線が彷徨う。眠っていた脳もようやく覚醒し始めたらしく、五感が戻ってくる。どうやら自分が寝かされているのは柔らかなベッドの上のようだった。
 状況を整理すると、見知らぬ部屋のベッドに寝かされている、だ。

「えぇと…?」

 今の状況は理解した。だが、疑問が残る。
 何故、自分はこんな所にいるのか、という疑問が。

「確か、私は町で気を失ったはずでは…?」

 特に負傷をしているわけでもない体は素直に従ってくれた。上半身をベッドの上に起こし、曖昧な記憶を手繰ろうと髪に手を遣る。その耳に、扉の開く音が届いた。

「あぁ、なんだ。起きたのか」

 視線を投じるよりも一瞬早く、聞き慣れた声にその黒の双眸が瞠られた。近付いてくる相手の姿に、驚きのあまり口を開いたまま固まる。

「間抜け面。それでビアンキ家の若様なんて言っても、誰にも信じてもらえないぞ」

 天蓋付きのベッドの傍らに置かれた、見るからに高級そうな椅子に腰掛けた相手のからかうような笑みになど構っている余裕はない。

「ユ…ユヒト殿…!な…何故貴方がここにいるのです?捕われたのでは…って、その傷はどうしたのですか!?」

 予想だにしていなかった人物の登場に混乱していた脳は、ザイの左目に巻かれた包帯をようやく認識した。戸惑いも何もかも吹き飛び、リシャールは身を乗り出す。

「落ち着け。取り敢えず落ち着け、リシャール。頼むから感情を鎮めてくれよ」

 傷らだけの己の姿に感情を爆発しそうなリシャールを宥めるようにザイは両手を軽く上げた。

「ですが、その傷…まさか、拷問を…!?」

 頭の回転の速いリシャールは、口元の黒ずみと左目の包帯で正解に辿り着いてしまう。
 怒気を顕わにする相手に、両手を落としたザイは疲れたように溜め息をついた。

「大丈夫だよ。生きているんだからそんな事で騒ぐな」

 ハエを追い払うような動作で怖い顔を近付けてくるリシャールをいなす声は、言葉の重みとは対照的な程に軽かった。再び相手が口を開く暇を与えずに、ザイは彼の目の前で指を鳴らす。

「根本的な問題の話だ。単刀直入に訊く。アンタ、噂の赤毛の魔物を倒しに行くか?」


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