【空文】

□魂 TAMA MUSUBI 結
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 人間は、元来、美しすぎるものに畏怖の念を覚えてきた。八百万の神と呼ばれるモノ達は、総じて、人間の抱く恐れによって生み出されたのかもしれない。
 蒼天に輝く日輪も。
 夜天に漂う月読も。
 何処までも深く沈んでいく海原も。
 大地を分かつような荘厳な山々にも。
 天へと枝を伸ばす巨木にさえ。
 人々は魅入られ、それと同時に、その人智を超えた美しさを恐れてきた。それ故に生みだされたのが、信仰という概念。
「相も変わらず、小難しい事を考えるものじゃな、幃坤(いづち)よ」
 頭上から降ってきた声に、幃坤は顔を上げた。
「小難しい?」
 訝しげな鸚鵡返しに、穏やかな笑い声が夜の闇を震わせた。
「儂は想われ、生まれ落ちた。そこに、どのような過程があったのかなど、どうでもよい」
 ただ、今、ここに在る。その事実だけで充分なのだと。
「美しいものは美しい。それでよいのじゃ」
「…恐ろしいものは、恐ろしい?」
 無感動な問いかけに、風もないのに揺れた枝が肯定の意を籠めた花弁を落とす。軽く掲げた掌に落ちた一枚は、鮮やかな深紅だった。
 鮮やかすぎて、恐ろしいと思える程に。
「想いとは、そういうものじゃ」
 掌の花弁を見つめていた幃坤は、ふっと息を吹きかける。咲き誇る枝から舞い落ちればただの花弁でしかないそれは、抗うことも許されず、夜の浮遊を数秒楽しんだ後、地に落ちた。
「その想いの為に、己が消えようとしているのに?」
 何故、と。そう問いかけるのは無意味な事なのかと、悠然と夜の世界に咲き誇る桜の木を見上げた。

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