novel.02

□定位置
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ずっとずっと、続くと思っていた
(それはなんて浅はかで愛しい願いだっただろう)










茶色の髪をした細身の男が、居心地がいいように温度管理された部屋で書類を片付けていた

カリカリと音を立てて紙の上を走るペン
先程いれたばかりの珈琲の香りと微かなインクの匂い
誰かが廊下を歩いていく気配、耳を澄ませれば話し声、怒鳴り声



広い部屋でただ書類だけに意識を向けていた綱吉は
不意にペンを持つ手を止める
最近は大きな抗争も事件もなく部屋で過ごす時間が少しだけ多かった
(それでも会合や取引などで駆け回るのも多い、完全に室内に缶詰になることはないのだが)



「平和だなぁ」



ぽつりと綱吉が呟いた言葉には、感情がこもっていない
それは彼自身がそのセリフを言うのがどれだけ滑稽か分かっていたからだった



「平和が一番だよなぁ、やっぱり」



それでも彼はまだ無感動にそういって頬杖をつく



「何時の間にか忘れてたみたいだよ」



「・・・・何がですか?」



綱吉の呟きに問い掛けたのは
後ろ髪を伸ばした左右の瞳の色が違う長身の男だった



「うん、何時の間にかこの日常に慣れてるんだなぁ、って」



いきなりあらわれた六道骸に、綱吉は驚いた様子もなく
ただぼんやりと遠くを眺める様に顔を上げたままでいる



「マフィアのボスが平和が一番、なんて
笑い話にもなりませんよ?」



骸が嫌味を込めてそう言っても
彼はへらりと笑うだけだった



「・・・・聞いてるんですか?」



骸が訝しげにそう言っても、彼はその琥珀色の目を細めて笑うだけ
ただ静かに、まるで子供を見守る親のように



骸はその顔が嫌いだった
まるで全て見透かされるみたいで、その澄んだ琥珀色の瞳が嫌いだと思っていた



「つくづくマフィアなんか似合わない人ですね、君は」



ぽつりと、何の気なしに口から出た言葉は
男の本心に違いない

男は目の前のボスが、誰よりもマファアらしからぬ心の持ち主だと知っていた
回りに比べて小柄な身体も、華奢な手足も
敵を始末するのにすら心を痛める優しさも
マファアには相応しくないと思っている



「そうだね」



(嗚呼、ほら、また君はそうやって笑うんだ)



「本当に、忘れてたんだよ
これが日常になってるんだ
あんなに嫌だったマファアのボスの毎日が日常になってる
本当に平和だった時の事なんか忘れてるんだ」



彼が、それまでとは違う悲しそうな懐かしそうな、複雑な心境をその瞳に滲ませていて
男はなにも言えなかった



「今は此処が俺の居場所なんだ」



そう言った彼の言葉が、ただ重く重く深く頭に響いた




彼はこの場所で、ただ遠くを見つめている
(囚われて、きっともう動けないから
ずっと眺めているのだろうか)









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