novel.01

□焦げの苦み
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貴方にとって皆の中の一人なんでしょう
そんなこと知ってるわ





久々に訪れた彼の私室は
やはり前に見た時とあまり変わっていない


必要最低限のシンプルだが丁寧な作りの家具が置かれた
大きな窓から暖かな光が注ぐ居心地の良い部屋

随分前に、大きな窓は外からの狙撃などを考えると
ドンボンゴレの私室としては不適切だと言ったら
彼はあいつにも同じ事を言われたよ、と笑っていた

彼が言ったあいつ、が
誰かなんて痛いほど解っている
一瞬胸を焼いた嫉妬が愛しいヒットマンに向いている事を
目の前の彼は知りもしない


ボンゴレ十代目直々に呼び出されたわけでもなく
ただ顔が見たくなってフラリと訪れた彼の部屋には
彼を崇拝している弟も
彼の回りに群がる守護者達も
あの彼の家庭教師だった漆黒のヒットマンの姿もなかった



「誰も居ないなんて珍しいわね」



思ったままの感想を口にすると
彼はにこりと笑う



「丁度皆仕事が入ってるんだ」



彼の言葉にそう、と返事をすると



「だから今日は俺で我慢してよ」



ドンボンゴレはそう言って
自室に置かれたティーポットに
自ら紅茶を準備する作業を止めないまま
作り物の苦笑いを顔に張りつけこちらを向いた



「いいわよ」



そう言って彼の部屋の広い窓から通じるベランダに出た

広いベランダに置かれた華奢な作りの小さな白いテーブルと
同じデザインの白い二脚の椅子
ソレに座って頬杖をつく



私の愛しいヒットマンが
此処で彼の最愛の琥珀のボスと二人きりで開く茶会を
どの集まりやパーティより特別に思っている事なんて知っている



ぼんやりとしていた視界に
カチャっと静かな音を立ててカップが置かれた
湯気をたてて水面に波紋を作る琥珀色の紅茶

視線を上げるとテーブルに二人分のティーセットを用意し終えた彼が
向かいの椅子に座った



「今日は何時もより美味しくいれられた気がするんだ」



そう言ってにこりと笑う、作り物じゃない本当の笑顔


彼の顔が下を向いて居るから
私の顔は赤く染まらずに済む



あの私の愛しいヒットマンも、私自身も

目の前の彼との紅茶一杯分の穏やかな時間が
何より大切でしょうがなくなってしまっている


何時からだろうなんて
考えても答えの出ない問い掛けを自分に出しながら

カップに注がれた琥珀と目の前の人を少し重ねて

良い香りのする暖かい紅茶を飲み込んだ



(何時もより少し苦く感じたのは
甘いはずの暖かな紅茶を目の前の彼と重てしまったからだったのか

私の胸が、私が久々に見た彼の心からの笑顔を
毎日見ている愛しいヒットマンに向けた
言い様の無い嫉妬で真っ黒に焦げてしまっていたからなのか

私には分からなかった)









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