novel.02

□手を伸ばす先さえ捨てた
1ページ/1ページ






覚えている
覚えている
覚えているに決まってる

あの眩しい空の下で交わした約束を
忘れられる筈がなかった










「ねぇ、幻騎士
全て最初からやり直せたら良かったのにって思うんだ」



彼はそう言って笑っていた

草木がしげる、ただ木の葉のさわめく森の中で
短い短い逢瀬を重ねるしか許されない立場の中でも
それでも彼は幸せだと言った
けれど、どうしても、どうしたって会えない時間は長く苦しい
それは自分も痛いほど感じていたから



「あの指輪がなかったら、俺がこんな立場じゃなかったら
なんて、馬鹿なことばっかり考えてるんだ」



困ったように、眉を下げて笑う彼のそんな笑顔
そんな顔をさせてしまうことが悔しかった
(けれどこの表情を見ることが出来るのが俺だけと思うと嬉しかった)



そっと自分より幾分か低い頭を抱き寄せて胸におさめた
ふわふわとした淡い色の髪が視界の下で揺れて
彼の手がキュッと背中に回されたのを感じる



「俺は貴方が居れば良い」



そう言って腕の中の温もりを潰さないように力一杯抱き締めた
それは隠しようもない本心


(ファミリーも、自分や貴方の立場も、何もかもを捨てても)


(この腕に貴方が残るなら)


(何を捨てるのも躊躇うことなんて無いのに)



ピクリ、と背に回されたままだった指が動いた
一瞬
思い切り首を引かれて、目の前には澄んだ琥珀が
こちらを真っ直ぐに見据えていた



「幻騎士、お願いがあるんだ
ずっと好きで居てくれなんて言わない」



スルリと、首に回されていた手がほどけた
けれど俺の目線は射ぬかれたように琥珀から外せない



「でも、でもな
好きで居てくれる間だけでいいから」



彼の手が、ゆっくりと俺の頬に触れた
ゆっくり、ゆっくり
その手のひらが俺の耳を覆うように
触れない位の位置で、止まる



「お前だけは」



世界から雑音が消えた
彼の手が、彼の声以外を阻む壁のように雑音を殺して
ただ彼の発する凛とした音だけが耳に届く



「俺を、諦めないで」










彼のその言葉が俺の全てになった
あの時と同じ場所、同じ時間
けれど、彼は居ない
自分の手のひらを見ても、彼の欠片さえ無いのに

けれど
覚えている
覚えている
覚えているに決まってる

あの眩しい空の下で交わした約束を
忘れられる筈がなかった



自分はあの時どう答えただろうか
解っていることは
自分はまだ彼を苦しいくらい愛していることと
彼を諦めることが出来ないこと



(嗚呼、貴方が望まないと解っているけど)



(それでも俺はこの道しか選べない)




あの白い悪魔の手を取ろう
世界すら滅ぼして、全て壊して

貴方を縛った立場も、世界も、
貴方を奪ったものを全て全て壊して


そうしたら会いに行くから



(過去の貴方が変える未来なんて要らない)


(それは貴方だけど貴方じゃない)


(どうしたって俺は『貴方』を諦めることが出来ない)




諦めることは出来なくて、求める先も解らないのです







.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ