AKG Novel.

□ブラックアウト
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「ねぇ、逃げてしまおうか」



彼はポツリとそう呟いた
その表情は機械に目を向けていたウチからは見えなかった


手には工具、目にはゴーグル、口にはキャンディ
ツナギにはオイルの匂いが染み付いている


工具と機械とデータが散らばるウチの空間

そこで呟かれた声はウチしか聞いていない



「ウチはね、それでもいいよ」



カランカラン
口の中で歯とキャンディが当たる音がする

たった二人だけの空間

辺りに散らばる機械や工具に埋もれるように
ひっそりと二人で寄り添う

ツナギと白いスーツ
真っ白なスーツがオイルで汚れても
彼は何時も此処に来る


触れるか触れないかの、距離


座り込んでただ黙々と機械を弄るスパナの横で
ちょこんと座り込んだ彼はスパナの言葉に苦笑した



「無理だって言ってよ」



綱吉が返したのは
呆れと寂しさを滲ませたような、震えた声だった



(嗚呼、馬鹿な子)


(可哀想で愛しい、愛しい子)



キュッと体を小さくして
折り曲げた足に額を押し付けて
まるで自分自身を守るような、泣いてるのを隠すみたいな、体勢



(欲しい言葉を望むことすら駄目だって、我慢して)


閉じ籠った彼は
ウチが作業を止めてジッと彼を見ていることにも気付かない



「泣いてるの?」



そう聞くと彼はフルフルと首を振った
この世界は彼から涙すら奪ってしまったのだろうか
そうボンヤリと考えた




ここ以外では弱音すら吐けないこの子が
可哀想で、悲しくて守ってあげたい
なのに

ウチはどこかズレてるんだろう
この状況が嬉しいって感じるなんて



「綱吉・・・・」



縮こまった彼を後ろからそっと抱き締めた
回した手に、そっと彼の指がすがり付いた


ボスの立場、欲と血と裏切りに疲て
でも逃げられない優しい子
この子が自分だけに弱さを見せてくれるのが嬉しくてたまらない



(一緒になら何処までだって逃げてあげるのに)



拐っていってしまいたいけれど
彼はそれを望んでるけど望んでない


彼にとってファミリーは彼を捕える足枷であり
けど彼にとって無くてはならない物だから



(護るものが在る時は誰よりも強いのに
一人ぼっちだと誰よりも脆いなんて)



(拐っていきたくても、拐えやしない)



それでも彼が弱音を吐ける場所が自分の側だと言うことに感謝した




彼のふわふわの髪を撫でて
すがり付く指先に合わせて彼を抱き締める腕の力を強めた
逃がさないように、無くさないように、強く
でも痛くないように


昔はよくその琥珀から溢れ落ちていた涙は
いくら経ってもウチの袖を濡らすことは無かった















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