long.002

□藍を勒韻とし
1ページ/1ページ


藍をいん ろく とし







よく晴れた天気の良い昼下がり
一人の殺し屋が、今日は洗濯日和だ、などと平和なことを考えながら
最近見つけたタルトが美味い店でコーヒーをすすっていた

すぐ横に置かれた使いこんだカバンには
さっき依頼人から受け取った次の殺しのターゲットについての分厚い報告書が
一度も目を通されることなく無造作に詰め込まれている



(・・・・あ、)


(彼女だ)



姿など見えなくたって気配で分かる



「やあ」



とりあえず軽く挨拶をする
彼女の目的は俺らしいし、無視するのは失礼だろう



「Ciao、綱吉
また振ってきたの?悪い男ね」



テーブルを挟むようにこちらを見つめて
ビアンキは俺を一別して茶化すように、そして少し咎めるように言った
彼女の声に皮肉るような含みを感じ



「振ってきたなんて人聞き悪いな、押し売りを断っただけだよ」



おどけたようにそう返せば、彼女は少し笑った



「あんなイイ男の誘いを断るなんて贅沢じゃない?」



この会話も何回だろうか
何時からか、顔を会わすたびに
この掛け合いを繰り返すようになっていた

ビアンキは一度だけ男と仕事をしたことがあった
たった一度、その一度は今でも鮮明に覚えている



(誰にも懐かない野良猫みたい)



ビアンキは男の前の席に腰掛けて笑った



(他の奴は馬鹿なのね)


(手に入れたいなんて欲を出すから遠くなるのよ)



例えば一杯の珈琲を飲む時間、ケーキをつまみながらの些細なやり取り
彼を欲しなかったから得られる時間
それを自分は手に入れた
それは彼を欲する事さえしないという対価を払ったから



「私は絶対あなたにパートナーになってくれなんて言わないわ」



笑顔で言い切ったビアンキに、男は分かっているよ、と
晴れやかに笑った



「俺もたまに会う茶飲み友達を無くしたくないからね」



「よく言うわ」



(ほら、また釘をさすのね)


(それにたまに、なんてよく言うわ)


(私が頻繁に会いに来るのなんか望まないくせに)



メニューを見ている私の手元を覗き込んで
ここはタルトが美味しいんだ、とまるで無邪気な子供のように男は笑った



(そんな釘をささなくても
その表情を見れなくなるようなことはしないわ)



(でも諦めるなんて馬鹿らしいでしょう?)



「美味しいものは好きよ?」



取り合えず、今はタルトで我慢するわ










.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ