long.002

□紫煙と名流る
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紫煙と なな がる







指先に少し力を込めて引き金を引く
それだけで奪える命の重さなんてたかが知れてる気がした

指先の動き一つ
瞬きする間に、鉛は体を貫く
なんて呆気ない
なんて面白くない
だから俺は銃が嫌いだ
(だから俺は剣をとった)



(命のやり取りをした実感が欲しかった)





黒いスーツを着込んだ小柄な茶髪の男は
ピリピリとした殺気を放つ俺になんとも言えない苦笑いを浮かべ
たった一言で呆気なく辺りの張り詰めた空気を一掃した



「俺はお前程強くないよ」



奴は戦いを申し込んだ俺にそう言って笑った
そしていくら俺が戦えと言っても剣を構えても殺気を浴びせても
奴はただ笑ってそこに立っていた

何度繰り返しても
何度対峙しても奴はただ笑って同じセリフを言うだけだ
俺はお前程強くないよ、と



(まるで俺なんか眼中に無いように)


(あの琥珀の瞳は俺を写してはいるが、俺を見ていない)



最初はただ最近評判のヒットマンに興味を持った
次にそいつの武器や戦うスタイル、強さを聞いて戦ってみたくなった
そして実際に会った噂の主の容姿に驚きつつ勝負を挑んだ
そして同じやり取りの繰り返し



(どこかでこのやり取りがずっと続くのではないかと焦れていた)


(そんな考えは杞憂に終わった)


(想像しなかった形で)





昼間なのに薄暗く、人気は無く
鼻を掠めた嗅ぎ慣れた血の臭いに予定もなく時間を持て余していた俺は
導かれるようにその場所に歩いていった


そこに広がっていたのは赤い世界
その中に唯一の色彩のように、見慣れた茶色い髪が風に揺れている



「ゔぉお゙い!」



気が付けば俺は思いきりそいつに怒鳴り付けていた
血溜まりの中を歩くとびしゃびしゃと音を立てて紅が跳ねる
服や靴に跳ね飛んだが気にはならない



「着ちゃ駄目だよ」



奴はこちらを向かずに、キッパリと言い放った
二人の間にはまだ距離を残したままだったが俺は立ち止まった
奴の声が何時もとは違い有無を言わせぬ響きを含んでいたから



「お前、自分は俺より弱いだとかぬかしやがってなんだ」



この状況は、と続く筈だった言葉は飲み込まれた
チッ、と俺の頬を何かが掠めた触れてみれば指先には足元に広がる血と同じ紅
前を向けば銃口をこちらに向けた奴がいた

奴は銃を一瞥し、放り投げた
ガシャン、とそれが床にぶつかる音が響く



「俺はお前程、血を求める本能は強くないよ」



「でも俺はお前に負ける程弱くないし、お前は俺に勝てないだろ」



「だから戦ってあげない」



奴はそう言って楽しそうに笑った



(嗚呼、やっぱりお前は俺を見てなかった)



あとは血溜まりと硝煙が残るばかり










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