拍手御礼小説

□拍手文〜単発物〜
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☆少年と毛玉☆


その日。
バイトを終えた僕は、薄汚れた泥だらけの毛玉を拾った。




「………」

無視して、毛玉の向こうにある自分の住みかに向かおうとも思った。
雨は激しさを増し、バイトで酷使された身体は休息を求め、朝から何も食べていない腹は空腹を訴えていた。
自分の生活だけでいっぱいいっぱいなのに、厄介な匂いのするそいつに関わるのは得策じゃないと本能は告げていた。

「……すまんな。もっと金持ってる優しい奴に拾われてくれ」

一応、心は痛んでいるんだと言葉で示して毛玉を避けようとしたが…


コロコロコロ

「……」

コロコロコロ

足を進めようとする先に転がってくる泥まみれの毛玉。

右へ避けてはコロコロ、左に避けてはコロコロ…

右に避けようとして左にフェイント…

コロコ…、コロコロ!

フェイントに半分引っ掛かり、慌てて僕の行く方に転がってくる毛玉に確信する。


「…………お前、分かっててやってるよな?」


「っ!」

ピクリ、と毛玉が少し浮き上がったみたいだった。
まるで、何でバレた?! とでも言わんばかりに。

「………何もない所でよかったら、来るか?」

「!!」

ふうっ、とため息を吐き、毛玉を上から見下ろす。
はっきり言って空腹と疲労は限界で、早く自分の家に入り身体を休めたかった。
考えるのが億劫だったのだ。


玄関の引き戸をガラガラと開き、ちらりと毛玉を振り返る。

「…風呂入ってくるから、来たかったら勝手に中に入ってこい」

怪しい毛玉だけど、盗られるものなどこのぼろ屋には何もない。

僕はそのまま毛玉を振り返る事なく、風呂場に向かった。

「………」

背後で、コロコロと近付いてくる毛玉の気配を感じながら。




風呂から上がり茶の間に入ると、毛玉はちんまりと座布団の上に座って?いた。
一応、汚したら悪いと思っているのか下にはどこからか引っ張り出してきた雑巾が敷かれていた。

「……はあ」

「っ…」

僕のため息を聞き、また毛玉がびくりと浮き上がる。

「……昨日の残り物でよかったら、食べる?」

帰ってきたら食べようと思っていた筑前煮を2つの皿に分け、白いご飯と野菜のヘタが入った味噌汁を毛玉の前に置く。

「いただきます」

手を合わせてご飯に感謝。
例え一緒に食卓を囲む家族が誰もいなくても、ずっと続けている習慣。
天涯孤独になってだいぶ経つし、一人のご飯に慣れてしまったけど…

「……はは、毛玉と食卓を囲むのは初めてだ」

ずずず、と味噌汁を飲み込んでからはたと気付く。

「……箸よりスプーンの方が良かった?」

立ち上がってスプーンを取りに台所に向かおうとした僕を、小さな声が止めた。

「だいじょうぶ。はし、使える」


振り返るとそこには、まんまるくてもふもふした獣が、明らかに間違った箸使いで今まさに筑前煮を突き刺そうとしていた。

「うまいっ」

箸に刺した里芋をぱくりと口にした途端、目を輝かせたかと思うと目の前の食事を勢いよく掻き込み始めた。


「…………こいぬ?」

「ちがう! おおかみだ!」

がる、と茶碗の向こうから否定の言葉を吐く獣は、残念ながらこいぬのような可愛らしさしかなかった。

「…ご飯粒いっぱい付けて言っても、説得力ないし」

気持ちいいくらいにご飯を平らげていくおおかみ?を見ながら、僕は笑っていた。

一人になってから、この家で笑い声を上げたのは初めてだった。


終わり?
続くかどうかは未定です
2012.8.16
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