‡present‡

□lesson
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保健室と聞けばどちらかというと優しいような、安心できるようなイメージを人々は沸かせる。この並中の保健室も昼休みには生徒たちの憩いの場になっていた。そう、あの先生が来るまでは。

笹川京子先生が産休することになりました、と全校集会で校長が発した言葉に全校生徒はえーっという声を上げリアクションした。綱吉はリアクションどころかポカンと口を開けただけで何も言えなかった。まるで殴られたような衝撃。
笹川は可愛らしくて優しくて男子生徒の憧れの的だった。そんな天使みたいな先生を目当てに綱吉は学校に来ていたようなものだった。だから自ら進んで保健委員会に入ったし、保健委員長にもなったのだ。けれど、これからは何の為に学校に来ればいいのだと絶望の淵に立たされた。学生なのだから勉学に励む、という考えは残念ながら綱吉は持っていなかった。

代理の先生の紹介でキャーと女子の黄色い叫び声が上がったけれど、どうせ男の先生が来たんだろうと思っただけで綱吉は別に興味も湧かない。ただひたすら頭の中には京子先生がいなくなっちゃうだけがリフレインした。しかしバギッという何かが壊された音がして咄嗟に前を向くと壇が真っ二つに壊れていて、周りは恐ろしいほど静かになった。銀色の棒を両手に構えていた男は言ったのだ。

「群れて来る奴は咬み殺すから」

こうして生徒の憩いの場所だった保健室は雲雀の巣となり、生徒が滅多に入らなくなった。周辺の廊下を走ろうものなら咬み殺されるため、辺り一面は休み時間や昼休みでさえとても静かだった。


「失礼します…」

ノックを三回して入室するとシャッと、カーテンが開かれた。またベッドで寝ていたのだろう、ボサボサとした無造作な髪がそれを象徴していた。

「何?」

「保健だよりを、」

そう言うと雲雀はふうんと呟いてデスクに向かった。保健室には、体調不良の生徒が保健室でテストを受ける為や委員会の為に長机が備えてある。最近は委員会で集まることが無くなってしまったのでめっきり使われなくなったそれを見て、綱吉は少し寂しく思う。委員会の時は笹川が隣に座っていたので綱吉の心臓は破裂しそうだった。懐かしい、そう想いに耽ってると、ひらり、紙切れが置かれた。

「今月はインフルエンザについて書いたから」

「!ありがとうございます」

保健だよりとは保健委員会が月一回発行するプリントのことで、生徒の心と体の健康と発育面について様々に啓発しているものだった。以前は委員会で出された問題点について書くものだったが、雲雀になってからは彼が独断で書いている。印刷や配布は委員長の綱吉の役目で、まるで作家の原稿を取り立てる編集者のような、妙な気分になる。

(やっぱり字が綺麗だ)

いつ見てもキリリと整った字はうっとりさせる。まるで雲雀みたいだと綱吉は思う。今のデジタル社会の世の中で、雲雀は直筆で書いていた。だからなのか、字が凜としているのに妙な暖かみが在り、読まずにはいられない。上手な絵を夢中になりながら見つめるのと少し似ている。

「じゃあオレはこれで…」

「テスト」

「へ」

「数学6点だって?成績会議で君の名前が出たよ」

サーッと青くなる綱吉には、絶望だった。成績が悪い、と銀色の鈍器で殴られるかもしれない。今にも武器を構えてじっと睨まれそうだ。

「僕は風紀も担当していてね、風紀を乱されるのは好きじゃない」

それに君だって委員長の示しがつかない事ぐらい分かるだろう、色んな忌みを込めた笑顔で微笑まれても綱吉にとっては恐怖でしかない。確かに委員会の長が、自分みたいな成績不振者だったら、情けないと思う。

「だから今度の期末テストで平均点以上取れるように僕が補習監督することになったから」

「えっ」

「ほらさっさと数学教師からプリントもらってきな」

「あっはい!!」

急いで保健室から出て、職員室でプリントを貰い、再び保健室の前に戻るまで無心になっていた。なんなんのこの展開!と思ったのはシャープペンシルをノックした時だった。綱吉に向かい合う形で雲雀は座っている。早くしなよという無言の視線が痛い。間違った答えを書いたらどうしよう、と緊張して綱吉のなけなしの脳みそで解けるものでも解けない。悪循環すぎる。

「見づらいな」

「へっ」

「字が汚いし、こちらからだと反対だから見づらい」

「すいません…!!」

「こっちに来な」

綱吉はすかさず良い返事をする。いつ噛み殺されるか分からない恐怖で涙目になる。プリントをつまみ、こんなのも分からないのと隣で言われれば恐怖心は更に増す。プリントを一通り眺めた雲雀は彼の表情に気づき、一瞬考え込んだ。

「・・・涙目だけど具合悪いの」

「いえいえ!!大丈夫です絶好調です!!」

変な子、と雲雀が微笑んだので、綱吉は少し面を喰らった。この人もこんな風に笑うんだなと多少失礼なことも考えてしまった。式が分からず手が止まると丁寧に解説してくれ、途中休憩と称して紅茶を入れてくれた彼が、綱吉には優しい人に思えた。
下校時刻30分前にようやく出来上がったプリントは数学教師の机に提出してきた。

「また明日もするからね」

「はい、ありがとうございました!さようなら!」

明日は早く登校して、雲雀が書いた保健だよりをコピーして委員の人に配らなきゃいけないと思いながら、雲雀に手を振った。綱吉の後ろ姿が見えなくなるまで見つめてから、雲雀は校舎へと入っていった。

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