‡short story‡

□殺せない標的
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一面全体に開いた窓の向こうには小さくなっていく街が見えた。黒く沈んだ中、そこだけが発光し、浮き上がっていた。
綺麗、といえば綺麗である。
が、何故だかひどく馬鹿馬鹿しくなって、雲雀は窓に背を向けた。
パネルに表示された数字は次々に切り替わる。雲雀の乗るエレベーターは目的のフロアを目指して上昇を続けていた。
標的の泊まる部屋のある最上階にたどり着くにはもうしばらくかかりそうだった。
3001号室。宿泊は昨夜から。
同伴するのは一名の腹心の部下のみ。
情報屋から受けとった書類には、その他にも標的の日課や趣味、そこから推測されるおおよその行動などが記されていた。
毎度のことながら、よくここまで調べられるものだと舌を巻かずにはいられない。
故に余計に苛立たしかったりもする。
雲雀と男は知り合ってもう五年にもなるが、知れば知るほど自分が彼を嫌いになっていくのを感じた。
もっとも、それはお互いに言えることなのかもしれないが。
それでも今に至るまで関係が切れずに続いているのは能力に関してだけは双方相手を認めているからだ。
今回の件一つ取ってもそうだった。
だからこそ、男は雲雀にこの依頼を紹介してきたのだろう。
とはいっても条件自体はさほど難しいものでもない。
とある巨大組織の要人である標的にはそれなりに厳重な警護がついてはいたが、気ままな人物なのかボディーガードも付けずに街を出歩くことも多いらしくその隙をつくのはたやすい。
変わっているのは依頼主が“綺麗な屍”を要求していることだ。その意図に関しては触れてはならないような気がする。
が、それも毒物を用いれば済む話であって難易度が格段に上がるわけでもない。
にも関わらず、未だ成功者はいなかった。
すでに二桁にも上る暗殺者を送り込んでいるというのに、だ。

――喰われないように気をつけて下さいね。

揶喩するような笑みまじりに情報屋が寄越した言葉。
まるでヴァンプだ、と任務に失敗した男の一人は語ったらしい。
目が離せなくなる。相手にのまれて言いなりになってしまう、と。
いったいどんな美人なのだか。雲雀は苦笑した。
生憎、相手に夢中になるということは雲雀には想像もつかなかった。
どんな美女を前にしても何の感慨も覚えないのだ。欲望に流れたこともない。
二十半ばに差し掛かりつつあるこの歳になっても恋愛というものをしたことがないのはその辺りに理由があるのかもしれない。
が、だからといって扱いが苦手かといえばそうでもなく、むしろ女性関係は得意とするところだった。この仕事を始めるまで考えたこともなかったが、どうやら自分は端正な顔立ち、だとかそんな部類に入るらしい。
これまでの任務にも幾度となく自分の容姿をいかしてきた。
普通ならば見知らぬ男に話しかけられてもその言葉に従おうなどと思わないものだが、雲雀の場合は別だった。
少し思わせぶりに声をかけてやれば、その後に待つものが甘い夢などではなく、死であることも考えずについて来る。
今回の標的もそうなのだろう。と雲雀は思った。
街でふらついているところに声をかけるのでも良かったが、仮にも重要人物なのだ。
万が一ということがあるため、ホテルに潜り込むことにした。客室係として。
一緒にいる、という部下の方は別室をとっていると資料に書いてあったし何の問題もない。
す、と目の前の扉が音もなく開いた。パネルのランプが消えているところを見るに目的階についたらしい。
雲雀が下りると、背後ですぐに扉は閉まり階下へ向かっていった。
もう後戻りはできない、と暗に突き付けられているような気分になった。
雲雀は小さく息を吐いた。
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