‡short story‡

□箱入り娘
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一部屋を丸々使って飾られた雛壇、そして、その上に並べられた雛人形たち。
綱吉はこの時期になるといつもそこの部屋に入り浸っては、飽くことなく彼らを見つめるのだった。

「またここにいたの」

白蘭が後ろから声をかけてやれば、全くの不意打ちだったのかびくんと肩を震わせた。

「あー、もう!びっくりさせないでよ」

綱吉は振り返ってムッとしたように口を尖らせる。
もうそんなのが似合う年じゃないでしょ、と言ってやりたいところだったが、生憎綱吉がやれば可愛らしい以外の何ものでもなかった。
見るたびに綱吉は綺麗になっていく気がする。
昨年もやはり同じように彼女はこの部屋に入り浸っていて、そんな彼女の美しさに感嘆しながら白蘭は眺めていたのだったが、今の綱吉はさらに美しいと思う。

―まぁ、

ただその時その時の彼女が一番好きなだけかもしれないけれど。
とにかく、白蘭は綱吉が好きだった。
そう感じるのが自分だけならばいいのに。
脳裏に藍髪の忌々しい男を思い浮かべて白蘭は思う。
綱吉に会うたびに、上品そうな顔つきをしながらいやらしく彼女を眺めて。
綱吉は少しだって気がついていないのだろうが傍で見ている白蘭にはよく分かる。
また、今日もあの男は来るのか。
出生が綱吉の家と釣り合うような血筋だというそれだけで、婚約者面。
思うだけで、腑が煮え返り、体の中が焼けただれそうだ。

「ねぇねぇ、白蘭」

そんな白蘭には気がついた様子もなくにこやかに綱吉は話しかけてくる。
当然といえば当然だ。
自分の感情なんて抑えて殺して、さらけ出さないようにと心がけているのだから。
それでも、たまに彼女は鋭くてこちらを気遣わしげに見てくることもあったが。

「何?」

艶やかな朱色の着物。
きらびやかなかんざし。
彼女を正面から見返せるほどに自分は強くないと分かっていたから装飾品に目を向ける。

「今日の似合ってるね」

「そう?ありがと。せっかくのお雛祭りなんだからってまた、母さんが仕立てたんだ」

もう、と口を尖らせる。
本日二度目。

「六道のところのが来るんじゃなかったっけ?だからじゃない?」

自分で言いながらあの男のことを口に出すだけで強張った声になりそうだった。
あぁ、なんて忌々しい。

「骸のこと?あの人、よく家に来るよね。前なんか一日に二回来たし」

変な人、と綱吉は笑った。
ただその声に不快だと感じている様子はなく白蘭はさらに苛とする。
たしかに骸という男は非の打ち所がない。
名家の跡取りだというだけではなく眉目秀麗という言葉がしっくりくるような男だった。
白蘭は彼に一切の好意を持ちはしなかったが。
おそらく相手も気がついていて、白蘭を苛立たせるような言動をとることがある。
あるいは骸の方も始終綱吉の傍にいる白蘭を疎ましく思っていて白蘭のつくろった笑みを崩してやりたいと思っているのかもしれない。

「あぁ……結婚、するのかな」

ぽつりと綱吉は呟いた。

「いきなりどうしたの」

「もしかしたら、オレ、骸と結婚することになるのかなって」

家の中に流れる空気からすればその考えは順当だろう。
まさか、綱吉が気がついているとは白蘭も思わなかったが。
しかし、なんとなく嫌な感じを覚えているのと、当の本人の口からその事実がでてくるのとでは重みが違う。
黙っている白蘭に何を思ったのか

「雛人形を見てると、ちょっとそういうの考えちゃう」

と微笑った。
白蘭は全然笑える気分ではなかった。
造り笑いさえきつい。

「あんな風に並んでさ、幸せになれるかな。オレ、骸となら別にいいなって思うんだ」

この時ほど彼女を憎いと思ったことはなかった。

「なれないよ」

自分の感覚なのに自分のものでないようで、勝手に唇が、舌が動いて、空気を震わせていた。

「え」

目を見開く綱吉。
その目には自分だけが映っていて、それを見て白蘭は確信した。
自分が何をするべきかを。

「綱チャン、そろそろ用意した方がいいんじゃない?彼が来るまで準備とかあるでしょ」

何事もなかったかのよう綱吉を促す。
う、うん。とまだ戸惑ったようながら彼女は頷いた。

―君が幸せになるのは彼とじゃなくて“僕”とだよ。

白蘭はそっと笑んだ。



END

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