‡short story‡

□リリス
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「大好き」

彼は僕に囁く。
首に細い腕を絡めて、甘ったるく毒蜜のような声で僕の耳朶を犯すのだ。
けれど、僕は目を閉じたまま一切の反応を返さなかった。
彼はむっとしたように唇を尖らせたことだろう。
僕は彼が嫌いで嫌いで堪らないのにその様をひどく鮮明に思い描くことができてしまって、そんな自分を嫌悪した。

「……なんでこっち向いてくれないの、骸」

僕の顎へと添えられた指は首筋へと滑らされ、くすぐるように愛撫した。

「骸」

諦めずに声をかけてくる彼。本当に執拗すぎる。

「なんか喋ってよ」

おまえの声が好きなんだと彼は言う。
あぁ、ならば。
尚更喋るものかと知らず唇を噛み締めていた。
それに、彼はすぐさま気が付いたらしく僕の肌を這っていた指が止まった。
流石に頭にきたのかと僕は反射的に身構えてしまっていた。
彼は、そう。容赦ないのだ。
皮膚が抉れる程に爪を立てる、血が滲む程に噛みつく。
そんなのは当たり前で、むしろ彼にしては優しいくらいだと言えた。彼は無理やりに口腔に指を滑りこませては喉元まで押し挿れてえずきそうになるほどに弄してくることもあるのだった。
が、彼は意外にも笑い出した。

「そんなにオレのこと嫌なの?」

「…………」

「オレは大好きなのに」

ひどいよ、と彼はやっぱり笑いながら僕に言うのだ。肌が粟立つかと思った。
彼の腕の力が強くなる。気管を塞ぐかのように強く強く。
彼の指先は熱を持ったかのように火照っていて触れられた先から溶けてしまいそうだった。
そして、それは指先だけではなかった。
椅子に座らされ、拘束された僕の背中に何か固い熱いものがあたる。
欲望の象徴。

「!君……」

「あ、やっと喋ってくれたね」

嬉しい。うっとりと呟く彼は最早、異常だとしか言えなかった。
声に含まれる熱はさらに温度を増していた。

「そうだよ、骸。気が付いた?」

クスクスと彼は笑う。可愛らしくさえあるその声なのに、僕はぞっとせずにはいられなかった。

「骸が好きすぎて……こんな風になっちゃった」

床に続く鎖に繋がれた僕の手にそれを押し当ててくる。服の上からなのに彼の先走りで濡れているのが分かった。

「もう……我慢できないよ」

――骸、しよう?

情欲の熱に爛れきった誘惑が、何を示すのかなんて嫌でも分かった。否、分からされた。

「色情狂が」

僕は出来うる限りの蔑みをこめて呟いた。
それでも、彼が笑ったのは僕の奥深くに疼く欲望に気が付いているからだろう。
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