‡short story‡

□仮定に埋もれる
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きょうやにいちゃん、綱吉はそっと心の中で呼んでみた。
彼はいつでも綱吉の傍にいてくれた。そして、少々危ういところのある綱吉を馬鹿だねと言いながらもどんな時だって助けてくれて……そして、ぎゅぅと優しく抱きしめてくれるのだった。
今、彼がここにいたら。やはりいつものように助けてくれるのだろうか。
いや、助けてくれなくてもいい。
ただ、彼に…………、

――あいたい。





「綱吉君?」

後ろから不審がるような声がかかる。はっとして振り返る間もなく抱きすくめられた。
綱吉は僅かにびくと震える。

「むくろ」

「どうしたんですか?こんな隅で」

穏やかな声。問いながら綱吉の身体に触れてくる。
幼子特有の柔らかな肌を愉しむようになぞったあと服の上から撫で回すような愛撫を加えてくる。
それはむしろ優しくさえある動作なのに綱吉はやはり身を強ばらせてしまうのだった。
触れられること自体が嫌なわけではないと思う。
従兄の恭弥はよく綱吉のことをそれこそ抱き枕か何かのように抱きしめてきたし、綱吉の柔らかな髪を撫でてくるのなどいつものことであって慣れてしまっていたから。
そうされる度に綱吉はくすぐったいようなむずがゆいような、そんな感覚に襲われながらも恭弥に身を委ねるよう目を瞑って彼の温かさに感じ入ったものだった。
が、骸という男のそれはどうにも苦手だった。
綱吉は骸のことが嫌いなわけではない。
甘いお菓子だってくれるし、大好きですよ、と綺麗な笑顔で言ってくれる。
けれど、彼が自分に触れてくる時、恭弥とは違う何か――もっとどろりとしていて妙な熱を孕んでいるようなそんな何か――を感じてしまってそれが恐ろしくてたまらないのだ。

「綱吉君」

彼は呼びながら綱吉の服の中へと手を滑りこませてくる。
普段冷たいくらいのその男の指はやはりいつもより熱っぽい。

「むくろ……?」

綱吉は困惑しながら彼を呼んだ。
骸は応えずに行為を続ける。
背中へとそわせられる唇の感触に綱吉は耐えきれず再度口を開いた。

「おれ、はねなんかないよ」

骸は何故だか綱吉を天使、とよく呼んだ。だから、もしかして、その証を探しているのかとそう言ってみたのだけれど、骸はやめない。
ただ嬉しそうにそうですね、と言うばかりだ。
もう空には帰れませんね、とも。
ほら、また綱吉が天使であるかのように話す。
綱吉には彼の言葉の意味がよく分からなかったけれど、帰れない、というそれだけは理解できた。

――かえれない。

それが何を意味するのか。簡単なこと。
ここから出られないということだ。
箱のようなこの空間から。窓さえもなく、空すら見えないここから。
骸は綱吉が本気でそこから逃げてしまうと思っているのだろうか。
唯一外界とつながっているのは今綱吉の前にあるドアだけだったが、ここの側にいれば今のように彼に咎められてしまう。

「むくろ。おれ……、みんなにあいたいよ」

彼の腕の中で身じろぎをしながら訴えてみればさらにきつく抱き締められる。
その言葉を塞ぐかのように。愚かしい、と。

「君には行き場などないでしょう」

だって君は天使なのに翼がないのだから。骸は綱吉に囁く。
無茶苦茶なその言葉は綱吉に、というよりも自分に言い聞かせているようだった。
だから、自分の手元に綱吉を置いておいてもいいのだ、と。とんでもない正当化。

「むくろ、おれは……」

にんげんだよ。と言おうとしたら上をぐぃっと向かされた。近づいてくる紅と蒼。唇に彼のものが押し当てられる。
言葉を封じてくるそれと共に、自分に注がれる熱い眼差し。
綱吉はぎゅっと目を瞑った。目を開けた時に何か変わりはしないかと、思って。





勿論あるはずのないことだった。
なぜなら男はすべて知っているから。知っているのに知らないふりをしているだけだから。
自身の手元にいるのは天使なんかではなくて拐かしてきた家族も友達もいる一人の子供なのだと。
それが許されざることだということすらも理解していた。
が。
そんな禁忌など忘れてしまう日はそう遠くないだろうと、男は天使のごとき愛くるしい少年を見ながら思った。



仮定に埋もれる
2009/6/25


ここまで読んでくださった方、企画して下さった麻菓露煮さん、本当にありがとうございました!

しょたツナ大好きなので書いていて楽しかったです。

……嫌な仮定で締めてしまいましたが、骸に共感して頂ければ幸いです笑


 
stl

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