‡short story‡

□貞操帯
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チャイムが軽やかな音を立てた。
綱吉は寝室の片付けをしていた手を止めて玄関に急ぐ。

――こんな時間に来るのは……。

彼くらいしか思いつかない。
今日は荷物が届く予定はないし、友人や家族が遊びにくるような約束もしていない。
おそらく隣の部屋に先日越してきた六道骸に違いなかった。
仕事は何をしているのか分からないが、こんな昼頃に綱吉の家を訪問する余裕があるくらいなのだから時間は存分にあるのだろうし、また、このマンションに住んでいるところからしてかなりの財産を所持しているであろうことは察せられた。
が、そんなことは綱吉にとってどうでも良いことだった。
結婚して以来、というよりも雲雀恭弥とお付き合いを始めて以来、他人と接する機会がめっきり減ってしまった綱吉にとって、彼が自分を訪れてくれることは嬉しくてならなかった。
気持ちばかりが先走って、玄関にたどり着くなりろくに確かめもせずにドアを開けてしまう。
そうして、遅ればせながら、夫のレンズを見てから開けるようにという言葉を思い出した。
しまった、と思ったもののドアの前に立っていたのはやはり骸で綱吉はほっと息を吐いた。

「こんにちは。また、来てしまいました」

骸は申し訳なさそうに、微笑んで見せた。
他人とはできるだけ接さないよう、そして、絶対に話さないようにと夫から命じられている綱吉であったが骸の穏やかな微笑のせいもあって彼にはすっかり気を許してしまっているのだった。
夫の言いつけに背いて彼と言葉を交わしさらには家にまであげてしまえる程に。

「そんな。時間があったら遊びに来てって言ったのはオレの方ですし……」

――独りでずっといると寂しいんです。

はにかみながら綱吉は言った。
綱吉は自覚していなかったがその声は甘く、誘惑するようだ。
勿論、何度も綱吉と言葉を交わしている骸は彼女がそんな人間でないことも夫を深く愛していることも分かってはいたけれど、紛れもない情欲を彼女に覚えてしまうのを止められなかった。
綱吉はあまりにも可憐だった。
もっとも、それは彼女に初めてあった時からのことで、骸はずっとただ機会を待っているだけなのだ。
可愛らしい人妻が自分にすっかり気を許し、目の前の男がそんなあさましい欲望の目で自分を眺めているなどと考えなくなるようなそんな時を。
本来の骸を知る人が見たならば驚愕するような優しげな人物を演じているのも全てはそのためだった。
ひとえに、綱吉を堕とすためだけに。






「今日は主人が帰ってこないんです」

綱吉は紅茶の入ったカップを二つ、骸の前にあるテーブルに並べながら言った。
ありがとうございます、と骸が述べれば彼女は軽く会釈する。
そして、彼の正面へと腰掛けた。
骸がおや、と驚いたように返してやれば

「出張らしくて」

寂しそうに彼女は首を振った。
彼女自身に他意はないのだろうが、骸にとっては自分の欲望に対する承諾の返事のようにしか聞こえなかった。

「可哀想に」

言いながら骸は考える。
ならば今日は絶好の機会かもしれない、と。
いつも彼女の夫は少しでも一緒にいたいのか、独りにさせたくないのか家を開ける時間はひどく短い。
出張ならば最低でも明日の朝までは彼女を自由にできる。

「奥様」

「はい?」

少し照れたように返事をするところがまた骸の劣情を煽る。
が、あともう少しだけ善き隣人を演じようと抑えながら話を続けた。

「先ほど独りでは寂しいと言ってましたよね」

綱吉はこて、と首を傾げたが不思議そうながらも頷いた。
骸は唇を歪める。思惑どおりだ。

「では……僕が一緒にいてあげましょうか」

「え?でも、そんな……悪いですし」

あぁ、彼女はまるで分かっていないのだと思うと可笑しさが募った。
零れた笑いにはもはや抑えが効かず、仄暗い感情が滲んでしまった。
さすがに異変を悟ったのか綱吉の透き通るような琥珀の瞳に怯えの色が浮かんだ。
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