‡short story‡

□理解できない
1ページ/1ページ

気に入った人間を己の欲望のままに玩弄しろ、と。
主催者の男の言葉は、つまり次の会合までに対象を調教してその成果を披露するようにということだった。
相変わらず悪趣味な提案だと綱吉は嘆息する。
自分はするよりもされる側であるという自覚はあった。
第一したいとも思わない。

「どうしたの?綱吉、浮かない顔」

綱吉はからかうように声をかけられて、は、とした。
目の前にはあどけなく微笑みを浮かべた少女がいた。

「ブルーベル」

「ふぅん。名前覚えててくれたのね」

歩くたびに靡く長い髪は目立つが、それ以上に、彼女の幼さがこの場において珍しかった。
勿論、その年齢とは裏腹に彼女は十分にこの会合に参加しえるだけの財力と地位を持っているのだが。

「率直に言って、君がここで一番まともそうだから」

綱吉が言えば可笑しそうに彼女は笑った。

「さっきの話聞いてまっさきに綱吉のこと思い浮かべたって言っても?」

「え?」

ぱち、と目を瞬かせた綱吉にブルーベルは抱きついてきた。

「もう。やっぱり可愛い!」

飼いたくなっちゃう!と、とんでもない台詞を明るく言われ、綱吉は硬直してしまう。
と。
二人の上に影が落ちた。

「無理だよ。綱吉君にはアルコバレーノという怖いお目付け役がついてるんだからね」

「!?白蘭」

綱吉は声の主を見上げて表情をひきつらせた。
変わった人物の多いこの会合の中でも、特に“噂”の多い男だった。
社会勉強だ、などと言って綱吉をこの場に送り込んできたリボーンにも、白蘭には気をつけろと言われていた。

「自分の方こそ綱吉のこといかがわしい目で見てるくせに」

ブルーベルは綱吉にしがみつきながら、ちら、と白蘭に目をやった。

「失礼しちゃうな」

白蘭は笑いながら言う。
といっても否定の色はなく、その言葉を肯定しているようだ。
自分よりも小さな、それも女の子に飼いたいと言われるのはまだしも、自分よりも年上の男性にそういう目で見られるというのはぞっとしない。
綱吉はしがみついたままのブルーベルと共に一歩後ろに下がる。

「そういえば最近はユニとかいう女の子にご執心なんだって聞いたけど?」

ブルーベルは白蘭の方をまた、ちら、と振り返りながら尋ねる。
綱吉にしがみついたままの体勢に彼が微かに苛立ちをみせるのを見るのも面白い。

――そういう嗜好なんだ……。

綱吉はさらに一歩退く。
彼は少女性愛者だったのか、と自分のお目付役の注意に妙に納得した。
それは紛う事なき変態だ。
自然、ブルーベルを自分の背後へと隠していた。
彼女など格好の対象ではないかと思ったから。

「ちょっと待ってよ。ユニちゃんはただの取引相手だって」

「じゃあ、いつも持ち歩いてる女の子の写真は何なのよ」

綱吉は思わず白蘭の方を別生物を眺めるような目で見てしまう。
それは、相当危ないのではないだろうか。

「わ。よく見てるんだね」

否定すらしない。
つまりは事実、ということか。

「まぁ、それには大きな勘違いがあるみたいだけど」

勘違い?
どう頑張って解釈しようにも目の前の男が写真の人物に熱烈な思いを抱いてることは間違いないと思う。
ブルーベルも同じ思いだったらしい。
二人の訝しむような視線に白蘭ははぁと息を吐いた。

「仕方ないな。信じないと思うから、見せてあげようか」

白蘭は手帳をどこからともなく取り出す。
そして、中に挟んである“それ”を二人の前に示して見せた。
写真の中のその子はぱっちりとした硝子のように澄んだ大きな琥珀色の目を少し斜めに向けている。
こちらに気がついていないようにも見える。もしかしたら隠し撮りしたものなのかもしれない。
可愛らしくうっすら色づいた頬に、柔らかくカーブを描く唇。
ふわりとした色素の薄めな髪にはいかにもといったガーリッシュなリボンが結ばれている。

「たしかに可愛いけど……犯罪よ!ね、綱吉」

「…………」

「綱吉?」

綱吉は何か言おうとするように唇を震わせるのだが、なかなか言葉はでてこない。
ブルーベルは何か思いついたよう、ぱっと白蘭の手から写真を奪った。

「もしかして……これ、綱吉なの?」

「…………」

「だから、誤解があるって言ったんじゃん」

写真の人物は少女、ではないのだ。
ブルーベルはうっとりと写真に見入っては、未だ凍り付いている綱吉の顔と見比べた。

「よく見たらおんなじ!すごっ。どこで手に入れたのよ」

「綱吉君が潜入捜査してるところ撮っちゃった」

たしか、どこぞの企業に取り入って色々と調査するためだったような。

「いいなぁ。やっぱり綱吉のこと調教したい」

それで、ブルーベルのために何でもしてくれるようにするの!と彼女は瞳をきらめかせた。

「朝はキスで起こしてくれて、お嬢様かブルーベル様って呼んでくれて、オプションで女の子にもなってくれる!みたいな」

調教などというえげつない言葉の割に要求の方は可愛いらしい。
白蘭はふぅん、と頷く。

「僕だったら……そうだね。朝起こしてもらう時は」

「悪いけど、オレもう帰らせてもらうね」

白蘭の言葉に嫌な予感がして、遮るように綱吉は言葉を紡いでいた。
とりあえず、ここを離れた方がいい、と直感が告げている。



これが社会というものならば、多分生きていくのは無理だと思った。





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ