‡short story‡

□ロクドウさま
1ページ/1ページ

「ツナもするか?」

放課後、突然ツナは声をかけられた。
ランドセルの中に教科書を詰めている最中だった。

「え?」

「ロクドウさま、やらないかって話になったんだ」

親しげに誘いかけられることなんて滅多になかったから、ツナは少し戸惑う。
しかも、相手はクラスの中心的存在である山本だ。
ロクドウさま、とは最近並盛小学校で流行っているコックリさんに似たような遊びである。

「ダメツナなんか誘うのかよ」

嘲笑するように別のクラスメートの声がした。
どうしたものか迷いかけていたツナだったが、その一瞬で心は決まった。
慌てて首を振った。

「しない」

きゅと唇をきつく結んだその表情に彼をからかった少年もはっとする。
さすがに悪かったと思ったのだろうが、謝ることができるほど彼も大人ではない。
気まずい空気が三人の間を流れた。

「……ったくおまえが変なこと言うから」

山本はとがめるように後ろの少年に言った。
そのあと、くるりと向き直ってツナに笑いかける。

「気にすんなって。今日の夜、この教室でやろうって話になったんだけど暇だったら来いよ」

彼の明るい口調で言われればツナの心も晴れていく。
うん、と可愛らしくツナは頷いた。
そんなツナに山本のみならずからかって寄越した少年もほっとしたようだった。

「じゃあ……またね」

ツナはランドセルを背負って教室を飛び出す。
ツナの心は決まっていた。

――行こう。

それのもとになったコックリさんがどういうものかは知っている。
怖い。とも思う。
けれど、せっかく山本が誘ってくれたのだ。
それに、クラスの一員として認められたみたいで嬉しかった。
ツナに断れるはずなどなかった。




家に荷物を置くとツナはすぐに学校へと戻ることにした。
細かい待ち合わせ時間を聞くのを忘れてしまったからだ。
待ち合わせに遅れてしまったら、またダメツナだからと馬鹿にされるに違いない。
さっきはかばってくれた山本だってさすがに呆れるだろう。
そんなのは嫌だったからツナは急いだ。それでも、母に言い訳なんかを並べているうちに時間は経ってしまう。
ツナが家の外に飛び出した頃にはもう日が沈みだしていた。空はぼんやりと薄暗い。
歩き慣れた通学路なのに何故だかドキドキしてしまう。
ツナははやる心を抑えようにも抑えられず自然早足になっていた。
ようやく学校に辿り着き、校庭で部活をする生徒の横を歩いて校舎に入る。
まだ誰もいないだろうと思って教室の扉を開けたのに、すでに様々な文字の並んだ紙、10円玉などの置かれた机の用意は為されており、囲むように置かれた椅子の一つには誰か座っていた。

「?」

見たことのない子だと思った。
自分は同じクラスの生徒さえきちんと把握できていないのだろうか。
光の加減なのか髪は藍色に見える。
少年の周りだけ何か異世界のような雰囲気が漂っていた。

「沢田綱吉、どうぞこちらに」

少年は顔をあげる。
その瞳は紅と蒼。
ツナは息をのんだ。
やはり、そんなクラスメートの記憶はない。
しかし、じっと彼を見ていると同じクラスにいたような気もしてくる。第一、彼は自分の名前を知っているのだし。
ツナは吸い寄せられるように少年の前に用意された椅子へと座っていた。

「指をこれに乗せて下さい」

少年は綱吉に10円玉を示す。
10円玉ははい、いいえと記された紙の上部のその真ん中に置かれていた。そこには神社を示すのか鳥居が書かれている。
ツナは言われるままに恐る恐るそれに指を触れさせた。
ひんやりとした感覚がそこから全身へと広がっていく。
少年もツナの指に指先が触れるか触れないかの場所に乗せた。
ツナはそこではっとする。

「他のみんなは?」

まるで、少年はこのまま二人きりで遊びを始めようとしているかのようだった。
ツナは慌てて尋ねた。

「来ませんよ。僕と二人きりです」

少年はにっこりと笑う。
彼は綺麗な顔立ちをしていたから、その笑みもひどく美しかった。
しかし、何かぞくりとさせるものがあった。

「じゃ、じゃあ……オレも帰る」

ツナは10円玉に乗せていた指を離そうとした。
その指を静かに、けれど、たしかな力で少年は押さえつけてきた。

「!?」

「どうしたんです?早くやりましょうよ」

その声音は穏やかとさえ形容できるようなものだったが、聞く者に抗うことを許しはしない。

「や……」

「どうやればよいのかくらい、知っているでしょう」

ほら、と少年は“優しい”と錯覚してしまいそうになるような声音で囁きかけてくる。

「っ…………」

ツナは今にも泣きそうな表情になった。
早くこの場から逃れたくて、ロクドウさま。と呟いてしまう。
そうです、と目の前の彼は満足げに微笑んだ。

「ロクドウさま。いらっしゃいましたらお示し下さい」

消え入りそうな声でツナは唱えた。
子供だましの遊戯だと人は嗤うだろう。
けれど、ツナにはその特別優れた直感によってこれが気紛れで済まされない事態を引き起こすのだと分かってしまったのだ。
鳥居の上に置かれた10円玉は流麗な筆跡で記された“はい”という文字の方へとじりじり動いていこうとする。
ツナは勿論、目の前の少年もそれを動かそうなどとしていないように見える。
ツナはなんとかそれの動きを止めようと指に力を込めるのだけど、もっと強い力に引かれてしまっているようで止められない。
ツナの表情は恐怖に歪む。
ついに“はい”の文字へとたどり着いてしまった。
ツナはおかえりください、と咄嗟に紡ごうとした。
が、少年はツナの唇に指を添えて首を振った。

「やめるにはまだ早いですよ」

何の問いかけもしていないじゃないですか、と少年は微笑む。

「したくない、よ……」

「なんでも良いのですよ。そう、例えば」

どちらにいらっしゃいますか。ですとか。
少年が呟いたとともにすぅっと再び10円玉が動き出した。
最初は五十一音並べられた文字のうち“こ”の文字の上に。
続いてわずかに揺らいだのちに、再び“こ”を示す。

――ここ。

ツナはますます表情を強ばらせた。
そんなツナに、どうです。とばかりに少年は笑んだ。

「せっかくなのです。問わないのは勿体無いですよ」

「…………」

少年の言葉に、ツナの心はわずかに揺れ動く。

――そういえば。

明日は算数の確認テストがあるのだった、なんてことを思い出す。
ツナはロクドウさま、と呼びかけた。

「明日のテストの答えはわかりますか」

ツナの問いに少年は小さく笑った。

「?」

「いえ。珍しい問いだと思いまして」

「そう、なの?」

「好きな人とやらは君にはいないんですか」

ツナはそれに答えるよりもまず、動き出した硬貨に気をとられてしまった。
ご……さ、ん。
い、ち。

――53、1……。

き、ゆ、う……よ、ん……に。
ろ、く……な、な。

――942、67……。

硬貨は次々と数字を示していく。
ツナは必死でそれを読み取り覚えようとした。
数字を十ほどあらわすと、はた、と硬貨の動きは止まった。明日のテストの問題はこれだけらしい。

「おわり?」

「そのようですね。他には?」

「うーん……」

ツナは考える。
他に聞きたいようなことも思い浮かばない。
少年は“好きな人”について尋ねてきたけれど、そんな人もいない。

――いない?

ツナに向かって爽やかに笑ってみせる彼の顔が思い浮かんだ。
明るくて、野球が上手くて、クラスの中心的存在。
それなのにツナにも気をかけてくれて優しくしてくれる。

「山本」

「はい?」

「山本のこと、オレ好きだな」

その好きの意味は少年の問いや恋といったものとはまるで違うのだけれどツナにはよく分かっていなかった。
だから。

「では、キスしたいと思ったり?」

と、少年に尋ねられた時は面食らうしかなかった。
キス。
テレビの中なんかでお兄さんとお姉さんがしているあれだとさすがのツナも分かった。
唇と唇をくっつけるやつ。
ツナは頬を朱に染めた。

「そんな、こと……しないっ」

少年は再び笑った。

「……?オレ、へんなこと言った?」

「いいえ。君があまりにも可愛らしいものですから」

人間にしておくのが勿体無いくらいだと少年は呟く。
ツナはこて、と首を傾げた。
目の前の少年の言葉はなんとも難しい。
少年はツナが次の質問を尋ねるのを待っているのか、じ、とこちらを見てくる。

「ん……。もう、オレいいや。えっと……」

相手の方はどうなのだろう、と問おうとしたが名前が分からなくて言いよどむ。

「骸です」

「あ、骸くんの方は何か聞きたいことはないの?」

「特にないですね」

「じゃあ、おかえりの呪文となえよう!」

ツナの言葉に骸と名乗った少年は可笑しそうに唇をつりあげた。

「骸、くん?」

「なるほど。ヒトの間ではそう広まっているのですね」

「……え」

「お願いをしておいて何の代償もなく済むはずがないでしょう」

ロクドウさまを呼び出した者は皆、不幸な目に遭っているのだということを知らないのですか?
そう言う少年の紅の瞳は妖しく煌めいていた。
ツナはひく、と息をのんだ。
骸はそんなツナの表情をうっとりと眺めながら言葉を続けた。

「例えば……命を落としたり、親を失ったり、気がふれたり」

骸の語る言葉にツナはす、と青ざめた。

「君はどうなるのでしょうね?」

「や、だ……」

かたかたと震えるツナに骸は手を伸ばした。
冷たい手だ。
ツナは、は、とした。

「骸くんは……何なの……?」

誰、ではなく。
何。
骸はその言葉に目を細めた。
静止していた硬貨がその問いに答えるようにすぅっと動き出した。
ツナは、あ、と声を漏らす。

「今のはちがう!ちがうのっ!」

必死に叫んでも指は離れてくれないし、硬貨も止まってくれない。
それは下の方へと滑っていき“ろ”の文字の上で止まる。
続いて、く。

――いや、もう……見たくない!

ろ、く。さらに、また下の方へ動く硬貨のたどり着いた先は“と”。続く文字はツナにも予想できた。
ロクドウさまの“う”だ。

――やだっ。

「やめて!もう、やめて下さい!!ロクドウさま!!」

しん、と静まり返った教室にツナの悲鳴のような叫びが響いた。
すぐにそれは重たい静寂にのまれて消えてしまったけれど。
硬貨が止まったのを確認してツナは安堵の息を吐いた。

「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ、綱吉」

少年は優しく笑む。
その美しい表情すらもツナにとっては得体の知れないものでしかなかった。
骸はロクドウさま、と呼びかけたのに否定しなかったのだ。つまり、彼は。

「オレを……どうする、の?」

ツナはまだ指を硬貨から離すことができない。
怯えきった視線を骸に向けた。
そんなツナの手をぎゅっと掴んで骸は笑った。

「僕は人の生を喰らうものです。何人も食してきましたが……その中でも、君の魂はひどく美味しそうにみえます」

骸はツナとの距離を狭める。
ツナは恐ろしくてたまらないのに身動き一つ取れなかった。
こぼれ落ちてしまいそうなほどに見開かれた瞳を覗きこんだまま骸は囁く。

「が、僕は随分と君を気に入ってしまったようなのですよ」

喰らってしまうのはあまりにも勿体無い、と少年は嗤う。
自分の肌をなぞる彼の手つきにぞく、とした。

「しかし、あまりにも惜しい。……あぁ、そうだ。ヒトを喰らう方法は他にもありましたね」

「!?」

ますます怯えるツナに骸は大丈夫です、と言って微笑んだ。

「ゆっくりと教えてさしあげますよ」

――何しろ気が遠くなるほど長いお付き合いになりますから、ね。

骸の双眸にのまれてしまったかのよう、ツナは瞬間、意識を無くした。




「ツナ、遅いな」

山本は誰にともなく呟いた。
もう19時になる。
山本は先ほどからずっと、級友と机を囲んで座っていた。
来ていないのはツナだけだ。
すでに机には「ロクドウさま」の準備がなされていた。
何故だか10円玉は“と“の文字の上にあった。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ