‡short story‡

□彼の目的、彼女の思惑
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一仕事終え、帰国したばかりのその足で綱吉は親戚の家へと向かった。
可愛い姪っ子が綱吉に会いたいと言ってきているらしいのだ。
と言われれば、疲れていようがなんだろうが行くしかないだろう。
綱吉は身内に甘すぎるほど甘く、また、彼らを溺愛しているのだ。



綱吉が屋敷に入った途端、玄関先で待っていたユニが飛びついてきた。
彼女に抱き着かれ、綱吉はびっくりするもとりあえず荷物を置いて抱きしめ返す。
すると、側に立っていた使用人がその荷物をどこかへ持って行ってしまった。
どうやら今夜は帰してもらえないようだ。
それも姪――ユニ――の頼みだというなら仕方ない、と綱吉は思った。
ユニはしばし何も言わず綱吉にしがみついていたが、綱吉さんにお話があったんです。と小さく呟いた。
とても深刻そうに。
綱吉は彼女以上に不安になってしまう自分を自覚した。
生まれ育った環境のせいか年以上にユニはしっかりしている。
そんな彼女が困っているなんてよほどのことだ。

「私の部屋に来てくれませんか?」

ユニの言葉に綱吉は躊躇いなくうなずいた。



ユニの部屋は相変わらず可愛らしかった。
家具や装飾品は勿論、ふわと香る柔らかな匂いに女の子の部屋だなぁと思う。
もっとも、ここは一般的には子供に与えられるような広さの部屋ではないのだろうけれど。

「あの……、綱吉さん」

ユニは綱吉と並んでソファーに腰掛けたところで話し出した。
綱吉は彼女の笑顔が失われていることをひどく惜しく思った。
女の子はいつも幸せでいるべきだなんて時代遅れのフェミニストだと嘲笑されそうだが綱吉はそう思う。

「私、婚姻を持ち掛けられているんです」

ユニの言葉は予想外で綱吉は固まった。
まだ、そんな年頃ではない。いくら何でも早過ぎる。

「えっと……、好きな人に?」

綱吉の言葉にユニはいいえと首を振る。ここまできっぱりと否定されてしまう相手が少しばかり気の毒になった。

「あの人はただ虹の一族の名誉を我が物にしたいだけです」

ユニはぎゅ、と手を握る。
つまり、政略結婚ということか。
虹の一族……それは、この世界を支える一端を担う特殊な一族。
財力は勿論、政界や国際社会においても発言力を持つ。
ユニはその次期族長になる娘であった。

「それに……、結婚したい人がいるんです」

綱吉は彼女の言葉に再び固まる。
成人した綱吉でさえ、まだ結婚を考えている人はいないというのに。

「私、綱吉さんと」

ユニが言いかけたところでテーブルに置かれた電話が鳴った。
ユニはその音にはっとした。
自分は何を言いかけていたのだろう。
綱吉を窺ってみれば幸いにして、音に気を取られているようでほっとした。

「電話?」

「内線です。多分、母屋からの」

ユニはさきほどの言葉を誤魔化すように素早く立ち上がると電話の方に向かった。
二言三言交わして、受話器を下ろす。

「今から白蘭がこの家に来るようです」

「白蘭?」

「その求婚者の名前です。綱吉さん、彼に会ってもらっていいですか?」

「え、オレが?」

「綱吉さんは人の本質を見極める力を持っています。あの男を見て欲しいのです」

「いいよ」

綱吉は可愛い姪っ子を困らせているその不届き者を見てやろう、と思っていた。
それに、身内に甘い綱吉が彼女のお願いを断れるはずもないのだ。



「白蘭様、またユニ様のもとへ行かれるのですね」

「勿論」

白蘭様、と呼ばれた男は紫の双眸を細め微笑した。

「僭越ながら一言申し上げますと、無駄ではないかと」

淡々と言いながら男は運転を続ける。
白蘭は勿論、彼の方も人に仕えるよりは仕えられる方が似合いそうな優美さがあった。

「え、なんで?僕のどこに問題があるの。お金もあるし、恰好良いし」

それを自分で言いますか、とは桔梗は言わない。
彼はあくまで白蘭の秘書にすぎない自分の立場をわきまえていた。

「……ユニ様の年齢を考えますと特殊な嗜好の持ち主だと思われる可能性があります」

特殊な嗜好……実に婉曲な表現。
ロリータコンプレックス。少女性愛。
若干、白蘭の笑みが引き攣った。
自分の年齢と彼女の年齢では、たしかにそうだ。
桔梗はさらに続ける。

「また、白蘭様から彼女に対する愛が感じられません」

「君に言われるとは思わなかったな」

白蘭は笑い声をあげる。
愛、だなんて彼に真面目な口調で言われるのはなんとも滑稽だった。
そんなもの、彼こそ持っていないだろう。
あるいは、自己愛くらいなら持ち合わせているかもしれない。
失礼しました。と桔梗。
悪びれた様子はないが、白蘭も特に気にならなかった。

「まぁ、ほんとのことだから仕方ないんだけどね」

白蘭はとにかく、彼女の名の持つ力が欲しくてたまらなかった。
そのためには彼女の夫となる必要がある。

「……なんとしてでも手に入れたいんだ」

白蘭は呟く。
あらゆる評価を越えたステータス。それが虹の一族。
その視線の先には目的の屋敷があった。
愛しているだとか、一緒にいたいだとか、くだらない話だと白蘭は思う。



否、思っていた。



案内された応接間。
白蘭を迎えたのはユニと、そして、見慣れない青年。
白蘭は彼が視界に入ったその瞬間からどうしてだか目が離せなくなっていた。
桔梗は車の中で待っていると言い、広くきらびやかな部屋の中には三人だけだ。
白蘭はユニに示され、二人の向かいのソファーに腰掛けた。

「こちらは私の叔父の綱吉さんです」

ユニに紹介されて、軽く頭を下げる青年。
薄いブラウンの髪は柔らかで、彼自身の雰囲気そのもの。
彼は顔をあげる。
こちらを向く琥珀色の目は光の加減か泣いたかのように潤んでみえて、見る者を惹きつける。ひどく美しかった。

「はじめまして」

微笑みながら、その唇は言葉を紡ぐ。
思わずその動きに見とれそうになった。
紅く色付いたそれは色素の薄い彼の中で映える。
まるで少女のように華奢。同じ性別なのが信じられない。
成人しているなんてもっと信じられない。

「白蘭、今日は何の用で来たのですか」

「ん?ユニちゃんの顔を見にだよ」

辛うじていつも通りの言葉を返す。

「そう?さっきから綱吉さんの方をずっと見ているみたいだけど」

ユニの鋭い指摘に白蘭は肩を竦めてみせた。
白蘭の今まで築いてきた価値観は一瞬で崩壊してしまつた。
物以外にも欲しくて堪らなくなるものはある。
一目惚れは存在する。
数分前の自分なら馬鹿馬鹿しいと相手にもしなかったであろうことを身を持って理解した。
まずい。彼から目が離せない。



一方の綱吉は驚いていた。
ユニが棘のある言葉を人に投げかけるのなんて初めて聞いたのだ。
ぱち、ぱちと瞬きをする。
刃物が飛び交うような二人の会話は耳に入っていなかった。
彼はそう悪い人ではないかもしれない、と綱吉は思ってしまう。
ユニは愛がないなんて口ぶりだったが、目の前の男は十分に恋をしているように思えるのだ。

――ってことは……、

自分がここにいるのは邪魔なのではないだろうか。綱吉は不安になる。
今、ユニがまだ彼に心を開いていないとしてもこれだけの愛情を注いでくれている相手に、考えが変わらないとも言いきれない。

――でも、今ユニはこの人のこと嫌がっているし……。

綱吉は悶々とする。
白蘭のその対象が自分だなんて考えもしないのだった。

「……綱吉…………」

自分の名前が聞こえたような気がして、綱吉ははっとした。

「何?」

尋ねると同時にユニに抱き着かれる。

「ユ、ユニ……?」

「白蘭、私はこの方と結婚することを心に決めています。お引き取りください」

綱吉はそうなんです、と咄嗟に相槌を打っていた。
可愛い姪を不本意な婚姻から守るためなら嘘くらい軽いと思って。
ユニが綱吉を白蘭に会わせたのは最初から婚約を宣言するためだったのだとも知らず。
彼女が本気なのだとも知らず……。




END



帰りの車内。

「……白蘭様、まだユニ様と御結婚なさるつもりなのですか」

「大丈夫。僕は足りないモノを見つけたからね」

「愛を?」

「そ。ユニちゃんと結婚して、その叔父と関係を持つなんて素敵でしょ?」

「ハハンッ。私には分かりかねます、白蘭様」

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