‡short story‡

□夜光
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吐く息が白くなるような寒い夜だった。空は鬱陶しくなるほどに澄んでいたけれど光は無い。
もうだいぶ夜も遅くなってきていたが、僕はまだ街をふらついていた。
家が嫌いだった。
学校帰りで制服のままだったが、絡んでくるような奴はいない。
僕なんていかにも格好のカモに見えそうだと思うのだが。

――退屈だ。

そんな奴がいたら遠慮なくぐちゃぐちゃにしてやれると思ったのに。
最初の一発で地面に伏せて、その体躯を踏みにじる。
醜い呻き声だって多少の娯楽にはなると思う。
僕はそんなことを考えながら人々を眺めていた。
あぁ、くだらない。
憂さ晴らしに酒を飲み歩く会社員もお客を引き込もうと造り上げられた笑みを振りまくホストやホステスも。
その怠惰な様子に無性に苛立った。
嘘。
そうしてまでも必死に生きようとしている彼らが少しばかり……、妬ましかったのかもしれない。
僕はこれ以上この場にはいたくなかった。
ため息を一つ。
思わず漏らした。
ふと、視界の端にビルとビルの間に続く薄暗い道を見つけた。
入っていく人はいない。
僕はそこに吸い込まれるように足を踏み入れていた。





ネオンの光すらも射さないまるで地下道のような暗く細い道。
中は少しずつ広がっていっていて、また随分と色々な場所へと繋がっているようだった。
人は全くといっていいほど見当たらないが。
僕はあまりの何も無さに失望して、もとの通りにでるであろう方向を目指すことにした。
幾つか角を曲がったあたりで、ようやく自分以外のものの立てる音を聞いた。

「あの、ノクターン……nocturneってお店知ってますか?」

綺麗な音。
鼓膜を震わすその声を、僕はそう思った。
ただ、それが問うたのはこの界隈で有名な売春宿の場所だった。
合法的に存在する裏の店。
僕は“取引”のために便利な場所だと教えられていた。
それなりの金を持っていなければ敷居さえ跨ぐ事を許されない、ある意味約束された世界。
僕は興味を惹かれてその声のする方へと近づいていく。

「そんなとこ行かなくたって俺が買ってやるって」

下卑た笑みを浮かべた男が応えているのが想像できた。
続いて、放して!という悲鳴。

「約束があるんですっ!だからっ!」

うるせぇよ、と怒鳴る声がした。
押さえつけられてしまったのか、悲鳴はくぐもった小さなものになって消えた。
僕は足を早める。
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