‡short story‡

□秘する花
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私の中に渦巻く欲望は空しさすら、いとも容易く飲み込んでいった。
彼の拒絶が無いのをいいことに纏う衣服を剥く。白く滑らかな肌が覗いた。私はその肌に唇を落とした。
とくとくと脈打つ心音に目を瞑る。
舌先でなぞるよう愛撫すれば綱吉はびく、と身を震わせた。

「相変わらずですね」

からかうようにそっと囁いてやる。
彼は随分と弱い。薄く桃に色付いた突起の片方を口に含んで、小さく噛み付く。

「桔梗、さんっ」

あ、と彼は甘く悲鳴を漏らす。
そうしてから、反応してしった自身を恥じるように頬をそめた。普段の無表情が嘘のようだった。
私を満たす充足感。触れられないはずのものを得てしまったような。
彼はひどく、可愛らしかった。
堪らなかった。
好きです。愛してます。告げてみても彼の反応は無いと分かっていたから、胸に秘めてしまう。
どうして自分がこんな想いを抱かなくてはならないのか、まるで分からなかった。しかもよりによって彼に。
刺激を与えるたび、彼の胸の飾りはつん、と尖り硬くなっていく。
比例するよう蕩けていくその表情と、吐息。
私は息をのんだ。それはあまりにもいやらしい。
彼にとって私は初めての相手ではないのだろう、とはとっくに気が付いていた。
それでも構わないほどに私は彼との行為に溺れていた。それでも、痛みはあった。
私は彼に刺激を与えながら、空いた手を彼の下肢へと伸ばした。
下穿きを脱がせて、彼のペニスに触れる。それを濡らす先走りを掬いとり、アナルへと塗り付けてやった。
びく、と彼はまた震えた。
私は構わず、後孔に指を挿れる。

「っ」

綱吉の漏らした声に、思わず笑んでしまいそうになった。
柔らかな内壁が私を誘うように揺れた。溶けそうなほどに熱い。
唇を胸の飾りから離した。

「本当に……、お好きですね。あなたは」

彼は小さく、ふる、と首を振った。
私にもそれが可愛い嘘だということくらい分かった。彼もまた無意味なことくらい分かっているだろう。
そんな素直でない彼を見ることができて嬉かった、なんて、本当どうかしている。
私がこの深みからはもう逃れられ無いだろう。唐突に思った。

「……どうしたものでしょうか」

言葉が口をついてでていた。
勿論、答えはない。
とりあえず、その唇に言葉を紡がせてやろう、と思った。
ずる、と彼の中から指を引き抜く。その刺激にさえ身体をぴくりと震わす綱吉に、私は微笑んでやった。
自身の下肢へと手を伸ばす。すっかり反応している自らに苦笑が洩れた。
彼に背を向けさせ、腰をあげるように命じる。
彼が拒むはずがないことは分かっていた。
快感が抜けないのか、彼の動作はけだるげだ。
寝台の上で膝を立て、手をつき、ゆっくり四つ這いになっていく。
ただそれだけの動作にさえ焦らされているように感じてしまうなんて、私はよほど飢えているのかもしれない。

「挿れますよ」

怒張した自らを、彼の蕾に押し当てた。
彼は縦にも横にも首を振らなかった。私はそれを了承の合図ととった。
指で拡げるようにしながら、先端を埋めていく。
毎晩に及ぶ行為のせいなのか、彼の素質なのか。あるいは“誰か”に躾られたせいなのか。
雄を受け入れるためにある器官であるかのように、ごく当たり前に彼のそこは私を飲み込んでいった。

「綱吉」

小さく息が洩れた。
今日の彼の中はいつもより熱いような気がした。
これも月のせい、なのだろうか。
室内を照らす細い月光。
彼は私に貫かれながらも私のことなど少しも考えていないのかもしれない、思った。

「綱吉。私はあなたを戯れの相手に選んだわけではないのですよ」

多分、彼の返事はないだろう。
こんな話、彼にとってはどうでもいいことでしかないだろう。
それでも言わずにはいられなかった。努めて平静を繕ったつもりだったが、声には痛みが混じった。
欲望を吐き出すだけの都合のいい対象としてでは無く、あなたを愛してしまっているのだと。どうせ彼には届かないに違いないとも思った。
が。
意外なことに綱吉は動揺をみせた。何もしていないのに、きゅ、と締め付けられる。
身体を繋げたせいで僅かな反応までも分かってしまう。

「綱吉?」

呼ぶ声に期待が混じってしまうのは私の浅ましさ。
いつも通り、もう彼の返事は無かった。
どこか寂しさを覚えながらも、これ以上何を望む必要があるのかと苦笑いした。
彼は今、たしかに私の下にいる。
それだけで満足しておけばいいのにできないのも、愛しているが故、なのだとしたらあまりにも滑稽だ。
私は彼の腰を掴む。最奥を突き上げるように挿入を深くすれば、彼の体躯はびくん、と跳ねた。
こういう反応だけはするのですね、と皮肉るように思いながらも、私はくぎづけされたように目を離せなかった。



いつも通りに、夜に溺れた。



「桔梗さんが分からないです」

彼にそんな言葉を投げ掛けられた。
体内に私の白濁を受け入れたまま、力無く寝台に横たわる。
それは他でもない私の言葉な筈で、彼の唇から零れたことに戸惑いを覚えてしまった。
綱吉が喋ったことに驚いてもいた。
彼を見下ろしたまま、何も返せなかった。

「あなたは何もオレを知らない」

だから、私の抱くこの思いはおかしい、とでも?

「……そうですね」

否定はできなかった。
私が知っている綱吉のことなど……、いくら積み重ねたところで彼の本質に届きはしないだろう。
何も知らない。
それは彼が奥底へと抑え込み隠してしまうからだ。

「私は……、あなたを知りたい」

私は吐露する。
綱吉は薄く微笑みを浮かべた。今夜はどこまでも彼らしくない。
ただ、その微笑はひどく美しかった。瞳に落ちた陰りさえも私を魅了した。
誘われるままに顔を近付けてしまう。
と、私は首に腕が回されるのを感じた。
彼が私を抱き寄せたのだった。

「綱吉……?」

耳朶に彼の吐く息が触れた。それは先程の性交を喚起させる。

「桔梗さんは、仲間のこと好きですか?」

尋ねながら、彼の手は私の髪を梳く。
首に回された腕。その指先が肌を這う。
誘惑、されているのか?
私には彼の表情は見えなかった。

「好きですよ」

読めない真意を測りながらも応える。
小さく綱吉は笑った。
クス。響いたその声はどこか歪んで聞こえた。

「オレも、そうだったんですよ」

愛しくてならない仲間がいたんです。彼は囁く。

「……どういうことでしょう?」

「さぁ?今のがオレの全てです」

彼はまた笑った。
彼の言葉が過去を示していることに気がつかない私ではない。
腕が緩められた。私は彼から身体を離した。
見上げてくる彼の瞳は遠い。
深淵は、明らかになるどころかますます闇を増していく。

「綱吉」

「はい」

「もう一度、抱いてもいいですか?」

彼を離したくなかった。
今を逃したら二度と“彼”には触れられないような気がした。
近付くばかりか余計に遠退いたのかもしれないが、この行為で感じられる彼だけはたしかだから。

「勿論」

綱吉は微笑した。

「オレはあなたの部下ですから」

「身体だけは、ですか?」

言ってやれば綱吉は驚いたように瞬間、目を見張った。
こぼれ落ちそうな琥珀。
私には分かるまい、とでも思っていたのだろうか?
分かっていないのは綱吉の方だ。もっとも、彼は私を分かろうなどとは少しも思っていないのだろうけれど。
綱吉のみせた反応はこれ以上無い、たしかな肯定だった。
それでも、私はやはり彼を愛しているのだ。
彼にそっと身を寄せた。
小さく開かれるその唇。
口づけで塞ぐ。
私は虚言が欲しいわけでは無い。

――“あなた”が欲しい。



END
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