‡short story‡

□犯罪哲学
1ページ/19ページ


「骸」

その音を紡ぐ度、甘い味が舌に広がる。綱吉はうっとりと、骸、骸と繰り返した。
自分の隣に座る男にぴたりと寄り添って目を瞑る。そうして、彼の体温と心音とを、静かに感じるのだ。
すれば、男の方も綱吉の肩を引き寄せて、慈しむように抱いてくれる。額に、唇が触れるのを感じた。
あぁ。
変わらない日常に安堵する。綱吉はさらに男に身体を近付けた。

「むくろ、あったかい」

甘えるように呟いてみる。骸は、何故か狼狽したように綱吉君、と名前を呼んで寄越した。

「なに?」

骸をす、と見上げた綱吉の瞳には何の後ろ暗さも無い。澄んだ飴色が甘そうに煌々としていた。
骸は言葉に詰まってしまったらしい。綱吉の方を見つめたまま、しばし沈黙していた。

「……綱吉君。ただの従者とそんな親しげにしてはいけませんよ」

綱吉はぱちぱちと瞬きを繰り返す。
が、やがて

「骸がオレにキスするのは良いのに?」

上目遣いに骸を見て、悪戯っぽくクスクスと笑った。軽やかな笑い声が響く。

「生意気なことを言いますね」

言った骸は、けれど、今自分の腕の中にいる少年が愛おしくて堪らないといった表情をしていた。自らの髪を優しく撫でる彼の手は、綱吉を微睡みに誘う。

「キスするのは大切な人にだけって、父さん言ってたよ」

夢と現を彷徨いながら、ぼぅと綱吉は言葉を紡いだ。どこか舌足らずなその口調は綱吉のあどけなさを一層増す。
してやったりとばかりにまたクスクス笑うのも、酷く愛らしかった。

「君は……疑うということを知らないんですか」

呆れたように、骸は呟く。勿論、その手が綱吉を突き放すことなどできる筈も無かった。
骸の言うことは難しい。綱吉は首を傾げそうになるが、そんな疑問は置き去りにしてしまうことにする。
この幸福は確かなのだから。

「だから、ね」

綱吉は少し身体を起こして、彼の目線に合わせるようにする。

「オレもしちゃう」

紅と蒼の双眸を覗き込む。自分だけが映るその瞳に綱吉は満ち足りる思いがした。
戸惑っているのか、骸が身動き一つしないのを良いことに、綱吉はその唇にそっと自らを重ねた。
驚いたように彼は目を見張る。
そんな彼に、綱吉は

「骸、大好き」

と言ってやるのだった。
その甘美な響きに酔い痴れるよう、骸は何も言わなかった。
彼の腕の中で、また、綱吉は目を閉じた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ