‡REBORN‡
□彼らの話
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彼と友人(正一)
あの人が真面目に講義を受けているところなんて、見たことが無い。
僕が難しいと思った内容であってもあの人は、もう何度も聞いた、当たり前のことのようにして聞くのだから。
あんなにノートも取らず適当に聞いていたら、さぞかし試験の時は大変なことだろう。思って、あの人のことを見ていたが、成績の方は学部内で三本の指に入る優等生なのだそうで。
「腹立つなぁ」
思わず呟いていた。
「何が?」
僕の真向かいに腰掛ける当のご本人は興味津々とばかりにこちらを見ている。その珍しい白銀髪は、どうしても視界に入ってしまう。
僕は溜息を吐いた。
昼ご飯くらい、好きに食べさせてくれないだろうか。
「あなたも物好きですね」
目の前のサンドイッチに手を伸ばしながら僕は言う。もう一度、溜息を吐きそうになった。なんで僕になんて構ってくるのだか。
人種。そんな言葉はナンセンスだと思うが、この場合には非常にしっくりくる。
僕と彼は人種が違う。全くその通りだ。
少なくとも、僕は思い付きで女の子と遊んだりしない。合コンにも行かないし、まず、誘われない。
とにかく、善きにつけ悪しきにつけ、この白蘭という男は目立つのだ。対する僕は自分で言うのも難だが、非常に真面目に堅実な学生生活を送っていると思う。
この男とつるんでいることを除いては。
彼はすっかりここに居着いてしまうつもりになったらしい。食堂近くのカフェで買ってきたらしいパフェを僕の前に置いて、つつき始める。これはたしか、この大学の名物で砂吐く甘さだとかいうもの。
よく食べる気になるものだ。
フルーツとアイス。その上には生クリームがたっぷりと乗せられており、トッピングはチョコレートとクラッカー、アーモンド。糖分補給としては十分すぎるだろう。
僕がサンドイッチを口に入れたところで
「ねぇ、正チャン」
と呼ばれた。
何もこのタイミングでなくても。思いつつ、彼の方に視線を向ける。
「この前さ、可愛い子見つけたんだ」
僕は顔をしかめた。口にものが入っていて喋れないのだから、そうするしか無かった。
また、そういう話か。
いい加減、懲りるということを知るべきだと思う。
先日、ようやく四股だか五股だか知らないを片付けたばかりじゃないか。
僕は目の前でにこにこしている彼を見ているとお腹が痛くなりそうだ。
あの時、始末の付け方として挙げてきた選択肢ときたら本当に酷いものだった。
付き合っている女の子たちを同じ場所に呼び出して自分だけが彼女なわけではないことを教えてあげるだとか、愛してると一斉送信のメールで伝えてみるだとか。
よくもまぁ、そこまで人を邪険に扱えるものだと唖然とするより他無かった。
喉元に引っ掛かりそうになる葉物を飲み下し、
「白蘭サンの得意分野ですね。……可愛い女の子を見つけること、面白いことを探すこと」
少し厭味を言ってやる。これくらいは許されるだろう。彼に通用しないことは分かっているけど。
案の定、白蘭サンは目を細めて、クスクスと笑った。
「だいたい当たってる」
全く、どうしてこの男と付き合いたいだなんて思う人がいるんだか。
白蘭サンは相手を好きになることなんてなくて、ただ自分を楽しませてくれるものの一部として欲しがっているだけなのに。
それは多分、僕も、そして、彼が新たに見初めた“可愛い子”とやらもそうなのだろうし、むしろ、そうでないものなど存在しないだろう。
「この大学の人ですか?」
「違うよ」
あっさり、彼は言う。それから、あの子ってすごいお人よしなんだよ。とさも愛しそうにクスクスと笑って続けた。
「初対面の人を自分の家に案内しちゃうんだ」
「遊び慣れてるんじゃないですか」
冗談半分で言ったのに、白蘭サンはひっかかりを覚えたらしい。パフェに伸びていたスプーンが止まる。
「違うって。あの子はそういう子じゃないよ」
大真面目に返されてしまった。
相当、はまっているようだ。
が。
どうせ一週間後には違う子の話をしているんだろうな。僕はぼんやり思った。
「今、失礼なこと考えたでしょ」
「いえ。そんなこと言っていても、また、飽きるんだろうなと思っただけです」
彼にとって思いもよらないことだったのか、白蘭サンは目を瞬かせた。
「……飽きたら良いな」
そっと呟かれたらしくない言葉に、僕は思わず、彼の方を見直してしまった。
何故だか分からないが、一瞬ぞっとして、奇妙な感覚だけが僕に残った。
白蘭サンは今までの“彼女達”の時とは違って、その人についてはあまり話さなかった。
つき合っているのかどうかすら分からない。僕はもう既に彼の興味の対象は変わっているのかもしれない、とさえ思っていた。
白蘭サンと僕は気まぐれな友人であって、お互い自分が用のある時に会った。
僕はその日、授業でどうしても分からなかった物理光学について、白蘭サンに聞きに来ていた。
定位置になった図書館の隅のテーブル。周りに、あまり人はいない。
白蘭サンは若干、衰弱しているように見えた。もともと、そんなに健康そうでは無かったが、そのいつも以上に。
「信じられないくらい優しい子なんだよ」
どういった話の流れだったか忘れたが、話はまた、白蘭サンの今のお相手についてになっていた。
彼は少し疲れた様子で、でも、嬉しそうに語った。
この前の子のことだ、と僕はどうしてだか分かった。まだ、付き合い続けていたのか。白蘭サンらしくない。
僕はまず、そのことが信じられなかったけれど、友人として祝福するべきなのだろう。
「良かったじゃないですか」
僕は言ってやる。
しかし、彼は力無く笑っただけだった。そんな彼を見たのは初めてだった。
「あんなに優しさを振り撒いてるんだったらさ、付け込んでも良いよね」
「え?」
「傍にいてくれないと死んじゃうって言ってみようかな」
白蘭サンは机に突っ伏すようにして、呟いた。白銀髪の間から少しだけ目が覗く。醒めた紫色は昏く沈んでいた。彼の目はこんな色だっただろうか?
「冗談だよ」
次の瞬間には、彼は笑っていた。
その目は細められ、すっかり隠れてしまう。
僕には彼が分からなかった。
大学を卒業して以来、僕は一度も白蘭サンとは会っていない。
連絡を取ろうとしなかったわけではないけど、彼には電話すら繋がらないのだ。
いったい、今はどうしているのだろう。
最後まで、白蘭サンという人は僕にとってよく分からないままだった。